サチコさんと一緒【弐】


【愛結島琉之輔商店】の受付には、冴えない男が受付をしていた。

ついてない。

いつもは明るく可愛らしい受付嬢がいるのに。


ぼくはこいつが苦手だ。

こいつ、何故だか、どこの世界線でも、ほぼ変わらず存在している。


一体何者なんだ?


「いらっしゃいませ」

フロントに設置してあるAIの声がした。


せめてお前が言えよ!


愛想の欠片もない表情の、その冴えない男から、金色の鍵を渡された。


「ぼくくらいはせめて」と思い愛想の良い顔をして、金色の鍵を受け取った。

もちろん冴えない男が、愛想の良い顔をしてくれる訳もなかった。


一見、カプセルホテルに見えるこの場所は、パラレルワールドへの転送基地だ。

パラレルトラベラーが休日を過ごすのに、ここはとても居心地が良い。

あの冴えない男は兎も角。


ぼくはカプセルに入ると、深い眠りに落ちた。

目を覚ませば、赤いコートが似合う背の高いサチコさんに逢える。


パラレルトラベラー。異界の旅人。

どんな基準でパラレルトラベラーに、成れるのかは不明だ。


ぼくの場合、夢に妖精が出てきて、

『あなたはパラレルトラベラーになる権利が発生しました。パラレルトラベラーになられますか?』

と問われた。


夢の中だったし、それが事実になるなんて思ってなかったから、

『なりたい』

と答えてしまっただけだ。


サチコさんもそんな事を言っていた。


無限にあるパラレルワールドを旅する異界の旅人は、時として激しい孤独に襲われる事がある。どこにも属さない孤独だ。


異界の旅人は、所属していた世界には、戻らない場合がある。

戻ったとしても、何故か違和感を感じてしまうからだ。

他の世界に行っている間、元の世界が変ってしまったからだと、ぼくは考えている。


「こんな事なら、パラレルトラベラーなんてなるんじゃなかった」

と思う人もいる。


結果、世界から切り離された個が生まれる。

それを自覚したら、凄まじい孤独感に襲われる。


そこで自分を維持する為に大切なのは、自分が何者かを知っている存在だ。

自分がどこの世界に生まれて、パラレルワールドを旅しているかを、知っている存在。


ぼくは待っていた。

ぼくの事を知っている、サチコさんが来るのを。



つづく


         

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