更新日時 16日前

 『百合』と現実世界で出会ってから、はや4週間が経った。

 すぐに縁が切れると思いきや、平日はSNSで連絡を取り合い、休みは彼女と遊び回る。そんなリアル充実な毎日を送り続け、とうとう、僕たちは正式に恋人となった。

 とはいえ、親にバレたらうるさいから学校や塾は休まず、隠れて彼女と連絡をとりあい逢瀬を重ねる。スリルが良い調味料になり、僕はどんどん彼女にのめり込んでいった。


「あのさ、『百合』ってハンドルネームだよね」


「うん、そうだよ」


「せっかく、その、付き合い始めたんだからさ、本名教えてよ」


「うーん、あともう少ししたらね」


「じゃあ、住んでるところは? 聖リリアーナ女学院の制服ってことは、うちからそんなに離れてないよね」


「それも秘密」


 とにかく、プライベートな話題に関して、『百合』は秘密が多かった。

 さらに。


「やっぱさ、太宰も良いけど芥川だよな。あの淡々とした吸い込まれる文章、初めて『杜子春』を呼んだ時、ホント感動したよ」


「うんうん。入水で終わるってのがなんとも彼らしいしね」


「……笑わないで聞いて欲しいんだけど、将来は芥川みたいな文豪になりたいって、思っててさ。今もたまに書いたりしてるんだけど、今度良かったら『百合』にも読んで欲しいなーなんて」


 すると、彼女は心あらずと言った表情となり、退屈そうに視線を外した。


「ねぇ、君は、のことなんて考えてるの?」


 僕ははっと目を見開き、二の句が継げなくなった。


「ねぇ、私の……私たちの願い、覚えてる?」


 僕たちの出会い。それは……。


「……なんだ、君もなんだ。もう覚えてないのなら……」


「い、いや覚えてるよ! 『死にたい』、あの世希望だ!」


 僕は彼女の細い肩を掴み必死に告げると、まるで花が咲くようにふわりと綺麗に笑った。


「じゃあ、いつにする? どうやって? もうね、あたし、この世界にいたくない。辛いことばっかりだから。でも寂しいし、ずっと、一緒にいてほしいの」


 僕が生返事ばかりでまともな返答ができずにいると、彼女がするりと僕の手から離れていった。


「これからあたし、うちでお仕事しなきゃいけないの。お父さんの借金の代わりに」


 「だから今日はバイバイ」と素っ気なく、振り返りもせずに彼女は歩き去ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る