ユウキの崩壊 7

 10分後優希は保健室にいた。とにかく左手が痛かったのと病院に行けば事が大きくなりそうだったので、それを避けるための選択だった。


 学校に勤めている大人は2種類に別れる。


 ”生徒に興味が有るか無いか”


 校医の女性は後者だった。優希の手の腫れを確認し、何度か手のひらを握ったり開いたり繰り返させると。


「見た目は派手だけど打撲だけよ、2~3日しても同じように痛むなら病院で検査してね」


 簡素な説明だけをすると、手の甲にシップを貼り簡易的に包帯を巻く。


「はい、終り」


「……ありがとうございます」


 左手を胸で抱え小さくお辞儀をする。頭を上げると校医の女性は既に後ろを向き、少し太い体のシルエットを晒していた。


(親には転んだと説明しよう)


 そんな事を考えながら優希は帰宅の途についた。電車に30分ほど揺られ地元の駅に着く、預けてある自転車で15分ほど走れば自宅に到着する。 



 優希が自宅に着いて親に怪我の説明をしている頃。みのりは部活の特別メニューに入っていた。


(今日はやけに多いな?)


 特別メニューの人数はいつも部長とみのり、後はせいぜい取り巻きが一人か二人いる位なのだが今日は部員だけで6人。


 みのり以外は皆レギュラーなので、ほんの数か月目までは絆を深め合っていたのだが最近は皆、練習中は厳しくプライベートではよそよそしくなってしまっていた。


「千川、いつもゴメンね。あたしらも中川には逆らえないんだよ」


 3年の香川志穂里かがわしほりが、みのりの耳元で囁いた。


「えっ?」


 驚いて顔を見ると香川はウインクをしながら、軽くみのりの腰を叩き自分のポジションに走っていく。


(そうか、無理にやらされている人もいるんだな)


 部員全員が自分を苛めたい訳ではない、その事実を知っただけで酷いシゴキにも耐えられる。そんな勇気が沸いてきた。


「千川~早くテーピング外しなっ」


「はいっ」


通常練習の間には許されていたテーピングが、特別メニューの時は外すよう指示されている。部長は指を鍛えるためだと言っているが、他のメンバーは皆テーピングをしているので、みのりを狙った苛めであることは明らかだった。


(いってて)


 テーピングを外すと痛みと関節の不安定感が襲って来た、どの指も激しく突き指をし右の中指に至っては小さいが骨折もしている。それでも、みのりは弱音を吐かずに指示に従う、意地があったからだ。


 優希の苛めと同じころ、自分への風当たりも強くなった。レギュラーを外され、あからさまに他の部員とは違う扱いを受けるようになり、通常練習の後の特別メニューも単なるしごきが目的で、徹底的に苛め抜かれている。


 体育会系の部活で上下関係は絶対であり、頂点である部長の命令には誰も逆らえない。反抗すればレギュラーを外され、部活を止めるまで執拗に苛められるだけだ。


 丁度、顧問の教師が育休で休みに入り、代わりの顧問は他の部との兼任のせいかバレー部には殆ど顔を出す事もなかったので、完全に部長のやりたい放題になっていた。


 部長の中川姫衣きいがクラスメイトの中川の姉であることは、苛めが始まってから気付いた。


 姫衣は長身なので小柄なクラスメイトの中川とは結び付かなかったからだった。しかし改めて観察すると人を蔑むときに口の端を上げる嫌な笑い方は、あの中川とそっくりだ。むしろ姉であるこちらの方が、オリジナルだと言わんばかりの禍々しさが漂っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る