ユウキの崩壊 3

 優希を取り巻く状況は変わらないまま季節は7月。


 昼休みの図書室での読書は既に習慣になった。孤独にも慣れ始めると目の輝きもすっかりなくなり、みのりと仲良くなる前の陰気な少女に戻り始めていた。


 ”知識や物語は自分を蔑みはしないし、心を豊かにもしてくれる”それだけを拠りどころに中学時代の優希は何とか自分の心の形を保っていた。


その心境を心の奧から引き出し、その当時嵌っていたファンタジー小説や哲学書を読み漁って現実から逃避する毎日を送っている。


 最近お気に入りで何度も読み返しているのは”本当は怖い世界の童話集”という本だ。子供の頃に読んだ童話の改訂前の原訳を載せているもので、控えめな表現になっていた残酷描写や一般に知られているものとは違うあらすじが魅力だった。


 その中でもとりわけ好きな話が”湖の魔女”という物語であった。優希が子供の頃に持っていた絵本は絵がとても美しく、話よりもその絵を見るのが楽しみだったのをおぼろげに覚えていたのだが”本当は怖い世界の童話集”の中にあったその物語は、思い出の中のように美しいものではなかった。


 要約するとこんな話である。


世界のどこかに魔女の街があり、その町から魔女たちが世界中に派遣され皆の為に働くという話である。その中に出て来るマリーという魔女はまだ新米だが情熱に溢れていた。ある小さな村に派遣されたマリーは村はずれの小さな池の畔に小屋を建て、薬草の知識や占いで村の住人に尽くした。村の住民もまたマリーの事を好いていた。


ある日村の子供が巻割りの最中に、あやまって両目を怪我し失明してしまう。その子供は勉強熱心で将来は町へ出て偉い学者になるのが夢だった。薬草では治せないと分かったマリーは自らの右目を子供に差し出した。片目が戻った子供は一生懸命勉強をして町へ行き、約束通り偉い学者になった。

 

またある時、今度は村の教会で讃美歌を歌う若い女性が病気で声を失ってしまう。マリーは自らの声を差し出し、その女性は美しい歌声を取り戻した。そして歌声は評判になり世界で評価されるようになった。彼女は有名になり村に莫大な富を及ぼしたのである。


そうしている内にマリーも年を重ねて大人の女性になっていた。ある日村の女性が馬車にひかれて右腕を失ってしまう、彼女は旦那と死に分かれており、裁縫の仕事で子供を養っていた。マリーは不憫に思い右腕を差し出し、彼女は裁縫の仕事を続けることが出来るようになった。ところが貧しさに負けた彼女は盗みを働いてしまう。


自分が差し出した腕を使って盗みが行われたことにショックを受けたマリーは、池の畔で涙を流した。悲しみのあまり食事も取らず毎日毎日泣き続け、やがて衰弱死してしまう。その後、村の住人がマリーの小屋に行くと小さな池は大きな湖になっており、それだけマリーの流した悲しみの涙が多かったのだと後世に伝わるというあらすじである。


 ところが”本当は怖い世界の童話集”によると最後のエピソードが違っていた。


 マリーが差し出した右腕で盗みを働いた女性は、魔女の腕が自分の意思に反し勝手に盗みを働いたと主張した。魔女のせいだと怒り狂った村の人々により、マリーは池の畔で火炙りにされてしまう。声を失っていたので反論も出来ないまま焼かれたマリーは、少しでも勢いを殺そうと大量の涙を流した。真っ黒に焼け焦げた死体になっても涙は枯れず、池を大きな湖にしてしまったというのが原作であった。


 優希はマリーの献身的な性格と好意が裏切られるというストーリー展開に、妙な親近感を覚え深く自分を投影してしまい、湖の魔女の原訳を探して購入しようとまで思っていた。

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