おいしいラーメン

吉野鱗(市町村)

おいしいラーメン

 めっちゃおいしいラーメン屋の話、したことあったっけ?


 いや、別にこの辺りにあるとかではなくって。関東かな? うん、確かそうだったと思うけど……でね、これは先輩から聞いた話なんだけれどね。その店がさ、すごくおいしいらしくて。でも、一日に入れるお客は二、三人までなんだって。わかるよ、採算合わないなって思うよね。でも、そのお店、もう何年もやってるみたいでさ。どうやってお金回してるのかな。実はお金持ちが余暇でやってるとかありえそうじゃない?

 ごめんごめん、話が脱線した。

 そのラーメン屋なんだけれど、外装から全然普通の街にあるラーメン屋って感じらしいね。ええと、そこまで汚くはないけれど、まぁちょっと古めみたいだよ。暖簾がかかっていて、引き戸で、中はカウンター席だけでさ。店主はおじさん……だったかな? いや、他に店員さんはいなかったって聞いてる。

 でね、入店してまずは、店主がお客さんに色んな質問するんだって。趣味や、自分の好きな色とか、これまでどんな風に生きてきたかとか……その代わりに、個人情報は一切聞かないの。

 なんか占いっぽい? 確かに!

 ああ、予約はできないみたいだよ。先着順。でもお店自体が、かなりわかりにくい場所にあるらしいから、そこにたどり着くまで結構へとへとになるっぽいね。山の頂上にでもあるんじゃない……? ははっ、そうかも。だとしたら一杯食べるのに相当な労力がいるなぁ。

 でも待ち時間はねー。そこまでかからないんじゃなかったかな。さっきのカウンセリングみたいなのが1分で、ラーメンを待つのに5分くらいかな。だよね。それだけこだわっていたら時間かかりそうだよね。わかる。でも確か5分もかからなかった、らしいね。うん。

 そんなこんなで出てきたラーメンがもう、至福の一杯なんだってさ。ほんと、おいしいらしくてさ。なんていうの? もうスープを一口飲んだ途端、そりゃもう天にも昇る気持ち……え? 表現力?……確かに全然ないけれどさ。それなりの理由があるんだよ? ちょっと、嘘じゃないって。なに笑っているの?

 あのね。味とか具とかそういうの、全然思い出せないんだよ。そこのラーメンを食べた人はさ。

 いや、わかるよ。せめて具のメンマとかチャーシューは大体ラーメンのレギュラーなんだから、のってたかどうかなんて覚えてそうなものじゃない? でも、一つたりとも思い出せない。覚えていないんだって。食べたはずなのにね。とんこつ味だったとか鳥ガラの匂いだったとか、そんなものすら忘れてる。残っているのはただただ、おいしかったって思い出だけ。

 それでね、ここからは私の考察なんだけど。


 ひょっとしてそのラーメンって、一人一人の好みに合うようにつくられたんじゃなくて、食べる人の人生に、ぴったりはまるようにつくられているんじゃないのかなってこと。


……そんなあからさまに呆れた顔しないでよ。これでも結構真面目に話しているんだから。

 私はね、食べ物が血肉に変わるように、食べた記憶もきっとその人の一部になったんじゃないかなって考えてるんだ。だから、実は味も匂いもその記憶に全部集約されているのかもしれないって。

 うん、もったいないよね。でもさ、それで十分じゃないかなぁと思うんだよ。

 いつかその時のことを思い出すとして、そのたびに何度もああ、あの時食べたラーメンは本当においしかったなぁってなるわけでしょ。だとしたら、それはなによりの後味なんじゃないかな? たとえ他になにも思い出せなくてもさ。おいしかった、って思い出があれば、それだけで。


 ってあれ、どうしたの? 黙っちゃって。え、……本当は食べに行ったんじゃないの、って言いたいの? 先輩と?

 ……妬いてる?

 ごめん、冗談だって。なんで機嫌悪くなるの。あ、もしかしてこんな話してたからお腹減っちゃったの?

 ラーメン、食べに行く?

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おいしいラーメン 吉野鱗(市町村) @shityoson

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