第9話 禁句
蒼佑が新しい彼女、杉内さんというらしい後輩の女の子と一緒に帰っているところを見た。
間の悪いことに、帰り道が同じ妃奈子ちゃんと一緒に電車から降りたところだった。
蒼佑はこちらに気付かず、彼女と話しながら前を歩いている。
話しながらと言っても、話しているのはほとんど彼女の方で、蒼佑はひたすら相槌を打つばかりだ。
けれど杉内さんが頬を染めて嬉しそうに話しているので、幸せそうなカップルに見えた。
妃奈子ちゃんは立ち止まってショックを受けたような顔をしている。
「妃奈子ちゃん。ごめん。言い出せなかったんだけど、蒼佑ったら急に彼女ができたって言いだして……。でも別にずっと好きだったわけじゃないみたいなの。話してみていい子だなって思ったから、告白されてその場で付き合うことにしたらしいわ。蒼佑ってわけわかんないよね」
慰める言葉も分からず、愚痴のように言ってしまった。
「彼女ができたんだ……。そうなのね……」
妃奈子ちゃんは、まだ放心していた。
「ずっと彼女とか興味なさそうだったのに、なんで急に……。そんな軽はずみに人と付き合ったりできそうな感じに思えなかったんだけどな……。男の子ってやっぱりいいかげんだよね。腹が立ったから、家でもずっと無視しているの! しばらく口きいてやらないんだから!」
蒼佑のおかげで少し見直しかけていた男子全般が、再び信用できなくなった。
妃奈子ちゃんの方がもっと失望していることだろう。
そう思ったけれど……。
「南くんは……私を牽制するために彼女を作ったのかもしれないわ」
妃奈子ちゃんは思いがけないことを言った。
「妃奈子ちゃんを牽制するため?」
「そう。ずっと南くんを忘れられない私に諦めさせるために……」
「ま、まさか……。そんなことで彼女を作る人なんているの?」
「南くんならあり得ると思わない? だって私から見ても、彼女が欲しいなんて思っている人に見えなかったもの」
「確かに……」
言われてみれば、蒼佑ならそんな理由で彼女を作るかもしれない。
でもそれならそれで、杉内さんに失礼な話だ。
やっぱり許せない!
けれど妃奈子ちゃんは怒っていなかった。
実際に諦めがついたのか、少しすっきりしたような顔で呟いた。
「南くんは……誰よりも優しい人だから……」
「……」
私はなんだか悔しかった。
このままでいいはずがない。
蒼佑は確かに優しいかもしれないけれど間違っている。なぜなら……。
自分には全然優しくないから……。
他人に絶妙な気遣いができるくせに、自分だけはまったく気遣おうとしない。
(普通は逆でしょ?)
自分は大事にするけど、他人は大事にできない人はたくさん見たことがあるけれど……。
蒼佑みたいなタイプは初めて見た。
もっと自分にも優しくなって欲しい。
もっと自分が幸せになる道を探して欲しい。
もっと自分のために生きて欲しい。
ずっともやもやしていた蒼佑への疑問が、はっきりと分かった。
だから蒼佑に言ったのだ。
「私には蒼佑がわざと自分の心を無視して、幸せになれない道を選ぼうとしているように見えるの」
「蒼佑は全然今を生きていないのよ。過去に立ち止まったまま、いったいどこを……誰を見ているの?」
けれどそれは言ってはいけない言葉だったらしい。
蒼佑はその日を境に出会った頃に戻ってしまった。
いや、出会った頃よりももっと無気力に……闇に落ちていくように心を無くしていった。
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