第7話 蒼佑の前髪


 噂の白藤さんにはすぐに会うことになった。


 浴衣を買いに蒼佑と出掛けたら、偶然出くわしてしまったのだ。


 聞いていた話以上に綺麗な人だった。


 私が「蒼佑」と呼んだものだから、ショックを受けていたようだ。

 誤解させてしまったと思ったのに、蒼佑は追いかけてもあげなかった。


(蒼佑って彼女には冷たい人なのかしら?)


 そう思ったけれど、彼女ではなかったらしい。


 でも白藤さんの様子を見て、蒼佑のことが好きなのはすぐに分かった。

 蒼佑の鈍感は、まったく気付いてないみたいだけれど……。


(あんな素敵な人、二度と好きになってもらえないわよ。しょうがないんだから)


 ここは妹として一肌脱ぐべきなのだろうか。


 いや、白藤さんが本当に蒼佑を今でも好きなのか聞いてもいないのに、さすがに先走り過ぎだろう。


 だいたい白藤さんは蒼佑のどこが好きなのだろう?

 蒼佑の良さは、一緒の家に暮らすぐらい接近しないと分からないはずだ。

 ぱっと見は、前髪で顔を隠したブキメンなのだから。


「そういえば、蒼佑の顔ってちゃんと見たことないよね」


 長い前髪が邪魔で、はっきりと顔を見たことがない。


「どんな顔をしてるんだろう……」


 急に興味が湧いてきた。


 夕飯を食べている時に、私は蒼佑の様子をそっとうかがった。


 蒼佑は私が作ったオムライスを無心で食べている。


 その前髪は切らないのかと聞くと、昨日切ったばかりだと答えた。

 全然気付かなかった。


 どうやらわざわざ目が隠れるように切っているらしい。


(もしかして、すごいブサイクなのかしら?)


 ブサイクであったとしても、そんなことを気にするタイプには思えないけれど……。


 私は思い切って立ち上がり、蒼佑の前髪に手を伸ばしてかき分けてみた。


「!」


 驚いたように見上げる蒼佑と目が合ってしまった。


 どきりとして慌てて手を戻し座り直す。


(び、びっくりした……)


 心臓がばくばくと音を立てていた。


(想像していたのと違う……。だって、もっと……)


 もっとキモメン……、あるいは良くてフツメンだと思っていたのに……。

 キモメンでも妹として受け入れる覚悟を決めていた。それなのに……。


(な、なによ……。結構イケメン側じゃないの……)


 バランスのいい切れ長の綺麗な目をしていた。

 神谷くんのような華やかさはないかもしれないけれど、落ち着いた聡明そうな目だ。


(全然隠す必要なんてないじゃない。せっかく綺麗な目をしているのに……)


 このルックスなら白藤さんが好きだというのも分かる気がした。


(白藤さんという人は、蒼佑のことを全部分かっていて好きなのだわ)


 蒼佑のことを一番分かっているのは自分だと思っていたけれど、白藤さんの方がもっと分かっていたのだ。


 なんだか悔しい……。


 無言で考え込む私に蒼佑は「なに?」と聞いたけれど、私は「なんでもないわ」と答えた。



 体育祭前日、私は一大決心をしていた。


 蒼佑はきっと怒るだろう。

 謝罪のために体育祭のお弁当を作るつもりで、二人分の材料を買い込んでいる。

 準備は万端だ。


 運よくソファで寝込んでいる蒼佑にそっと近付いた。


 人なんて簡単に変えられるものではない。

 すべてに投げやりな蒼佑に、もっと前向きになって欲しいと思っていたけれど。

 前向きになりなさいと言って、はい分かりましたと変われるはずがない。


 変えざるを得ない状況に追い込むしかないのだ!


(だって勿体ないもの。こんな素敵な顔を隠しているなんて)


 私は蒼佑の前髪を持ち上げ、ハサミでじょきりと切った。


 蒼佑が覚醒する前に、もう一回じょきりと切る。うん、いい感じだ。


 蒼佑はひどく驚いたようで「断りもなく人の前髪を切ったの?」と尋ねた。

 確かにひどい話だ。私もそう思う。


「どうするんだよ、この前髪……」


 蒼佑は途方に暮れたような顔をしてから、さすがに怒ったようだ。


「あのさ……」と言いかけた。


 今まで私がどれほど暴言を吐いたとしても、怒ることもなく淡々と返していた蒼佑が、今回ばかりは腹を立てているのが分かった。


 いや、蒼佑の目が見えるようになったから、感情が分かるようになったのかもしれない。


 急に怖くなった。

 声が低いせいか、怒った男の子は女子が怒るのとは違う迫力がある。


 私は急いで「ごめんなさい!」と謝った。


 そして「お弁当を作るから許してください!」と叫んでいた。

 改めて考えると、お弁当ぐらいで許してくれるはずがないと思えてきた。


(どうしよう。許してくれなかったら……)


 いつも怒らない蒼佑をなめていたのかもしれない。

 なぜだか蒼佑は私に怒らない、と謎の自信を持っていた。


(でもさすがに怒るよね……。どうしよう……)


 蒼佑は黙ったままだ。


 そうしてしばらくの沈黙の後、諦めたように「許す」と答えてくれた。


(よ、良かった~)


 腰が抜けそうなほどほっとした。

 私は大いに反省して、次の日は全力でお弁当を作ったのだった。


 蒼佑が夢中で美味しそうに食べる姿を想像しながら……。



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