第6話 神谷くんと蒼佑


 途中編入の龍泉学園での生活は、まずまずのすべり出しだった。


 特進理系クラスには女子が三人しかいなくて、四人目となった私はとても歓迎された。


「今まで女子が三人だったから、二人組にならないとダメな時は困っていたのよ」

「誰かが一人になるでしょ? でもこれでその心配がなくなったわ」

「南さんが編入してくれて助かったわ。仲良くしましょうね」


 少人数のおかげで、かえって団結力ができてすぐに打ち解け合えた。


 愛璃なしで友達ができるだろうかと不安だった私は、ほっと安心した。


 ずっと愛璃抜きで友達作りができなかった私は、久しぶりに自由を感じていた。

 そして同時に愛璃を切り捨ててしまったような罪悪感もある。


 あれから時々愛璃にSNSで連絡をとってみていたが、既読すらつかない。

 ブロックされていないことだけが救いだった。


「いつか愛璃と仲直りして、また友達関係に戻れたらいいな……」


 そう思うけれど、後悔はしていない。


「あのまま私が愛璃の家に居候していたら……私はきっとまた愛璃に頼りっぱなしで、愛璃の付属品みたいな人生になっていた気がするもの……」


 それに……。


「蒼佑のことも最初のブキメンのイメージで終わってたかもしれないものね。ふふ……」


 最近は蒼佑との日々が楽しい。


 先日は夕ご飯を御馳走してあげた。


 ただの和風おろしハンバーグを作っただけなのに、ひどく感心されてしまった。

 そして、息継ぎもしないほど夢中で食べてくれた。


「蒼佑ったら、まるで長年食べ物を与えられていない子供みたいなんだもの」


 あまりの食べっぷりに驚いたけれど、嬉しかった。

 なんだか庇護欲というか、まだ芽生えるはずもない母性がくすぐられたような気がする。


「次は何を作ってあげようかな。もっと喜ぶものを作ってあげたいな」


 男の子ってちょっと可愛い。


 そうやってクラスの男子を見ると、小学校の頃の恐怖感はなくなっていた。


 そもそも、特進クラスの男子はみんな真面目で紳士的だった。

 それとも高校生になったら、分別がついて優しくなるのだろうか。

 いじめっ子の西くんもずいぶん穏やかになっていたし。


 小学校の頃のように「熊田~!」と呼び捨てにされることもなく、少し緊張しながら「南さん」と呼んでくれる。


 南さん、という響きも気に入っている。


 ママの再婚についていこうと思ったのは、南という名字になれるからという理由もあった。

 それが一番大きい決め手だったと言ったら、きっと愛璃なんかは呆れてしまうだろう。


 けれどその理由が結構大きなウエイトを占めている。

 南羅奈という名は気に入っているのだ。


 そんな中で私のことを「羅奈ちゃん」と呼ぶ男子がいた。

 女子はこの頃には仲良くなって、みんな「羅奈」と呼んでいたけれど……。


「ごめん。羅奈ちゃんって呼んでいいかな? 俺、南って名前にトラウマがあってさ」


 そう話しかけてきたのは同じクラスの神谷くんだった。


 アイドルの中にいそうなイケメンだった。

 クラスの他の女子達も神谷くんに対しては態度が違う。


 神谷くんには他の男子よりあきらかに親切で、嬉しそうに話しかけている。


 好き……とまではいかないけれど、神谷くんに告られたらみんな断らないそうだ。


 そういう学年のアイドル的存在らしい。


 神谷くんは確かに女性慣れしているのか、話しやすくて会話も面白く、レディファーストが身についていて一緒にいると心地いい。


 長く同級生男子を身近に見ていなかった私は、モテる人とはこういう人なのだと納得した。


 ただあまりにスマートで私は少し緊張してしまう。


 そんな神谷くんが体育祭の合同練習のあと、穴場の冷水器があるところに案内すると連れていってくれた。


断りきれずについて行くとなぜかそこに蒼佑がいた。


(うわっ。どうしよう……)


 神谷くんといることがなんだか気まずくて、私はなんて説明しようかと焦ったのに、蒼佑は驚いた風でもなく、まるで知らない人のように通り過ぎていこうとした。


 何か言ってくれるかと期待したのに。


 代わりに神谷くんが「南蒼佑……」と呟いた。


 知り合いだったのかと思ったけれど、蒼佑はずいぶんよそよそしい。

 そして南という名字が同じことに気付かれたけれど、蒼佑は動じる様子もなく「南なんて名前いくらでもあるよ」と答えて行ってしまった。


 私のことは知られたくないらしい。

 なんか傷ついたな。


 蒼佑が立ち去ってから神谷くんに「彼のこと知っているの?」と聞いてみた。


 神谷くんは「うん、まあ……」と口ごもっている。


 私は「どういう人?」とさらに尋ねた。


 龍泉学園で他の人から蒼佑の話を聞くのは初めてだ。

 どんな風に思われている人なのか聞いてみたかった。

 けれど躊躇ためらいがちに返した神谷くんの答えは、予想もしていなかったものだった。


「実はさ、俺がずっと片想いだった子に夏休み前に振られたんだけどさ、その子の好きなやつが南蒼佑だったんだよ」


「えっ⁉」


 私はすごく驚いてしまった。


 この学園のアイドルとまで言われている神谷くんが片想いするぐらいの女の子が、あの冴えない感じの蒼佑を好きになるなんて想像もできない。


「だから南って名前はトラウマになっててさ。羅奈ちゃんのことも名前で呼ばせて欲しいって言ってたんだよ」


「そ、そうだったの……。神谷くんが振られるなんて想像つかなくて驚いちゃったわ」


 私は驚き過ぎてしまったと、慌てて誤魔化して答えた。


 その後でクラスの女の子達にさぐりを入れて、神谷くんが振られた相手というのが隣のクラスの白藤さんというとびきりの美人だということが分かった。


「なんだ……」


 私はどうしてだか少しがっかりしていた。


「蒼佑ったら、ちゃんと彼女までいたんだ」


 別に蒼佑に美人の彼女がいたっていい。

 嫉妬しているわけじゃない。ただ……。


ぱっと見では冴えない蒼佑だけど、本当はすごく優しくていい人だって……私だけが気付いていると思ってた。


「私だけが知ってると思ってたのにな……」


 ちゃんと気付いてくれている素敵な彼女がいたのだ。


 それがちょっぴり残念だった。



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