第5話 ダメな兄


 賢い人かもしれないと蒼佑を見直してすぐ、私はそれが勘違いだったと知ることになった。


 龍泉で夏休み明けにあった模試の成績発表があったのだ。


 私は転校する前だったから受けていないが、蒼佑が何位なのか気になった。


 そもそも同じ特進クラスだろうと思っていたのに、蒼佑はいなかった。


「何位ぐらいなんだろう? 特進クラスじゃなくてもきっと賢いよね」


 私は期待を持って貼りだされていた順位表を一位から順に見ていった。


「60位までは特進クラスの子がほとんどね。そこにはないか……」


 少し残念に思いながらもずっと見ていく。


 けれど100位を過ぎても150位を過ぎても蒼佑の名前はなかった。

 そしてついに貼りだされる最後の160位まで辿っても見つからなかった。


(うそ。そんなはずないわ。あんなに頭の回転が速い人なのに……)


 もう一度最初から見直しても、やっぱりなかった。


 そして160位の前で蒼佑が誰かと話しているのを見かけた。


 蒼佑の名前はないのかと聞かれて「あるわけないよ」と答えていた。


 私はなぜだかすごくショックだった。


 別に成績が悪いことがショックなのではない。そうじゃなくて……。


 全然悔しがっていない蒼佑がショックだったのだ。

 当たり前のように答えて、全然上を目指そうとも思っていない。

 上を目指してもできなかったんじゃない。目指そうともしていないのが悔しい。


(あれだけ物事の飲み込みが早い人なのに、勉強ができないはずがないわ)


 それに部屋に入った時に、結構難しい本が山積みになっていたのを見た。


(あんな難しい本を読める人が、160位にも入ってないはずがない)


 だから数Bの先生が最後の難問を普通科クラスの生徒一人だけが解いていたと聞いて、すぐにピンときた。


(きっと蒼佑だわ)


 そして家に帰ってから問いただしてみると、やっぱりそうだった。


 どうしてやればできることを全力でやろうとしないのか。

 自分の能力を出し惜しみするのか。


 蒼佑が考えていることが全然分からない。


「男の子ってみんなこういう感じなのかな?」


 小学校時代も男の子は理解に苦しむ生き物だった。

 私を『熊田』という名前だけで寄ってたかっていじめてきたのも分からなかった。

 それが『好きだったから』なんて理由だったのも、いまだに理解できない。


 でも嫌悪感は薄れて、もう少し理解したいと思っている。


 特に蒼佑のことを……。


 だって蒼佑は、なんだかんだといつも私を助けてくれる。


 どうやっても変わらなかったママを変えてくれた。


最初は『妹とか思わないでね』と言ったけれど、今は蒼佑のことをもっと知りたいと思っていた。


「蒼佑は……私のことを知りたいと思わないのかな……」


 普段は全然私のことなんて興味なさそうなのに、いざ困った時は助けてくれるし、無茶なお願いも聞いてくれる。


 女子の中にはいないタイプの人だった。


「なんなのよ、いったい。どういう人なのよ」


 ただ一つ分かるのは……。


(男の子って愛璃が言ってたほど嫌な人ばかりじゃないのね)


 蒼佑といる時間が少し楽しいと思い始めていた。


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