第40話 悪夢の繰り返し

 なんの嫌がらせだ。

 あの日と同じループが、違う現実を連れてやってきた。


 冗談じゃない。

 誰がケーキのろうそくなんか吹き消すもんか。

 僕はあの日から一度もケーキは食べていない。

 目にすることも避けてきたのに。

 よりによって、なんで羅奈はこんな時にケーキなんて作っているんだ。


 急に怒鳴りつけた僕に、今頃腹を立てて呆れていることだろう。

 それでいい。


 怒って僕なんかのために何もしてやらないと思ってくれればいい。

 これでつくづく僕を嫌いになっただろう。

 それでいいんだ。


 世界中に嫌われて、見捨てられて、消え去ればいい。


 僕はこの狭い部屋で震えながら布団にくるまって、審判の日をひたすら待つつもりだ。


 けれど、ふと階下が静かになったことが気になった。

 やけに静かだ。


 さっきまでキッチンで料理をする羅奈の物音がかすかに聞こえていたのに。

 どうしたのだろうか。


 静けさが無性に気になって、再び重い体を起こして部屋を出て階段を下りた。


 もしかして僕の暴言にショックを受けて、声をひそめて泣いているのだろうか。

 ともかくドアの隙間からこっそり様子を見て、羅奈の無事を見届けたら部屋に戻ろう。


 僕はそっとドアを細く開けてキッチンを覗き見た。


「……?」


 羅奈の姿がない。

 リビングの方を見回しても羅奈はいない。

 明かりはついているので、どこかにいるはずなのに。


 僕は急に嫌な予感に襲われた。

 何かひどく恐ろしいことが起こっているような気がする。


 僕はドアを開き、リビングに足を踏み入れた。


「羅奈? 羅奈、どうかしたのか? さっきのことなら気にしなくていい。僕は羅奈に怒ったわけじゃないんだ。羅奈は何も悪くないから……」


 声をかけても返事がない。


「羅奈?」


 心臓が早鐘を打つ。

 恐ろしいことが近付いてきている。


「羅奈。お願いだ。隠れてないで出てきてくれ」


 僕の情けない懇願にも、羅奈の返事はなかった。


「羅奈……」


 僕は食卓の横を通り過ぎようとして、ふと小さなメモを見つけた。


「そんな、まさか……」


 バクバクと鼓動が早くなり、汗が噴き出す。


「嫌だ。嫌だ、違う」


 震える手でメモを掴む。


「違うんだ。僕が望んだのはこんな終焉じゃない。やめてくれ」


 メモにはこう記されていた。


――ろうそくを買い忘れていたので買ってきます――


 その文字を読んだ途端、声にならない叫び声を上げていた。


「うわああああああっ‼」


 そして弾かれたように駆け出した。


 なんでだ。

 なんで羅奈までろうそくを買いにいくんだ。


 玄関を飛び出した僕は、蒼白になって羅奈を捜し回った。


「違う。羅奈は関係ない。僕のループに巻き込まれる必要なんてない」


 待ってくれ。

 お願いだから待ってくれ。


 終わりを迎えるのは僕なんだ。

 僕だけでいいんだ。


 お願いだから羅奈を巻き込まないでくれ。

 一生母さんに謝り続けるから、羅奈を連れていかないでくれ。


 母さんが車にかれたケーキ屋の前まで辿りついた。

 けれど店の中に羅奈の姿は見えない。


「こっちじゃないのか。駅前の店まで買いにいったのか」


 僕は慌ててきびすを返して駅に向かった。


 けれどその途中で遠くから救急車のサイレンが近付いてくるのを聞いた。


「ダメだ。やめてくれ! お願いだからやめてくれ!」


 駅に近付くにつれ、救急車のサイレンが大きくなる。


「違う。そんなはずはない。僕へのむくいが羅奈に向かうなんておかしい。だって羅奈は何も悪くない。こんな僕を最後まで見捨てずに救おうとしていた。そんないい子が不幸に遭うなんて間違っている。不幸は僕みたいな最低のやつが全部引き受けるべきだ。そうだろう?」


 すぐ近くでサイレンが止まった。

 体が重い。駆けても駆けても前に進まない。

 鉛のように重い体が思うように足を運んでくれない。


 ぜいぜいと息が切れ、もつれてひっくり返りそうな足を必死に前に押し出す。


 ようやく人だかりが見えてきた。

 道路の脇に救急車が止まっている。


 救急処置をしたらしい担架が乗せられていくのが見えた。


 制服のスカートらしきものが担架にかぶせた布からはみ出ている。

 龍泉の制服によく似ていた。


 違う。違う。

 制服の女の子なんてこの時間ならあちこちにいる。

 あれは羅奈じゃない。

 そんなはずがない。


 ようやく僕が人だかりに辿り着いた時には、救急車は再びサイレンを鳴らして走り去るところだった。


 救急車を見ていた人達が、野次馬を終えてそれぞれの方向にばらけていく。

 僕だけがみんなと逆行するように、すでに見えなくなった救急車をまだ追いかけていた。


「かわいそうにね。高校生だって」

「ぐったりして意識がなかったから、もしかして助からないかもね」


 通り過ぎていく人達の噂話だけが、やけにはっきりと耳に飛び込んでくる。


 嘘だ。


 なぜ僕だけが、二回も同じようにして大切な人を失うんだ。


 ひどいじゃないか。そんなのあんまりじゃないか。


 僕はもつれる足の制御を失い、がくりとその場に膝をついた。



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