第34話 ネクタイ交換
僕に彼女ができたことは、すぐにクラスの連中に知れ渡ることになった。
なぜなら、杉内さんが僕のクラスに友達を連れてやってきたからだ。
「ごめんなさい、南さん。みんなが本当に付き合っているのか信じられないって言うものだから……」
杉内さんが連れてきたのは、体育祭の日に一緒に写真を撮ったメンバーだった。
動かないパラパラ漫画のように同じ顔で写真を撮った愛想のない僕が、付き合うなどという思い切った行動を起こすとは到底信じられなかったようだ。
杉内さんの勝手な思い込みだと疑っているらしい。
「ほ、本当に真美と付き合うことにしたんですか?」
「前から真美のこと知ってたんですか?」
怪しむように尋ねられた。
「いや知らなかったけど、昨日話してみていい子だなと思ったから付き合うことにしたんだ」
僕が正直に答えると、杉内さんはほっとしたように息をつき、他の子達は驚いたように顔を見合わせている。
「本当だったのね。疑ってごめんね、真美」
「わあ、いいなあ。真美に先を越されるなんてなあ」
「あ、じゃあさ、もうネクタイの交換はしたの?」
「きゃあ! そうよ! どうなの?」
やはり彼女達にとって一番重要なのはネクタイ交換という行事らしい。
「ううん。まだ……」
杉内さんが頬を染めて困ったように答えた。
「えーまだなの?」
「じゃあ、今交換しちゃえば?」
「それいい。私達が見届けてあげるから」
「きゃあ! そうよ。そうしましょう」
なんだろう、このネクタイ交換に対するテンションの高さは。
僕にはやっぱり女の子の考えていることがよく分からない。
だがもちろん幼稚園の頃のように、邪険に拒絶するつもりはない。
「あの……ネクタイを交換してもらってもいいですか?」
杉内さんは上目遣いで遠慮がちに言った。
僕が「いいよ」と答えて、自分のネクタイをほどいて渡すと、「きゃあああ!」という歓声が上がる。
「ひゃああ、いいな、いいな真美」
「交換する場面を初めて間近に見ちゃった」
「先輩彼氏と交換なんて、真美すごい!」
何がすごいのか分からないが、自分のネクタイもほどいて僕に差し出す杉内さんは、大仕事を成し遂げたように満足そうだ。
先輩男子とネクタイ交換がしたいなら、このクラスには大喜びで交換してくれるヤツが山ほどいる。
「おいおい、蒼佑。なんだよ、この可愛い子達は? 俺にも紹介してくれよ」
ほら、騒ぎを聞きつけてさっそく哲太がやってきた。
その後ろに
「この子と付き合うことにした。杉内さんっていうんだ」
僕は哲太に杉内さんを紹介した。
「俺は蒼佑の親友の真鍋哲太です! いやあ、こいつ、とっつきにくい雰囲気に見えるけど、話してみると優しくていいやつなんだ。仲良くしてやってくれな」
哲太はかっこつけて親指を立てていつもの決めポーズをした。
女の子達はもじもじと哲太を見つめている。
「それにしてもみんな可愛いね。俺のネクタイが君達を待っている。いつでもウェルカムだ」
きらりと白い歯を見せて微笑んでいるが、言ってることがカッコ悪いんだ。
それを言わなかったら、哲太を好きになる子もいたかもしれないのに。
そういうとこだぞ。
そして哲太の後ろからもっと
「俺も! 俺もフリーだから」
「僕も誰でもいいからネクタイ交換しよう!」
「頼む。誰か彼女になってくれええ!」
女の子達は男どもの必死の圧に怯えたように後ずさりを始めた。
ゾンビのごとく女の子達に手を伸ばそうとする男どもに恐怖を感じたのだろう。
「じ、じゃあ、南さん。ありがとうございました。また水曜日の帰りに待ってます」
「あ、ああ。うん。じゃあ」
そうして女の子達は逃げるようにクラスに帰っていった。
そして
「もうちょっとだったのに……。逃げられたか……」
「おい、蒼佑、誰か紹介してくれよ」
「自分だけ彼女作っていい気になってんじゃないぞ」
こいつらは、もう少し飢えた狼のような目をどうにかしないと一生彼女ができないだろうと思う。気の毒だけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます