第33話 嫌われた兄


「おはよう」


 翌朝、僕が起きてリビングに入ると、羅奈はすでに朝食も済ませて洗い物をしていた。

 しかし僕を見ると無言のまま洗い物を終え、ソファに置いていたカバンを手に取った。

 食卓には父さんと香奈さんが珍しくコーヒーを飲んでいる。


「もう行くのかい? 羅奈ちゃん」

「このカップケーキは食べていいのよね?」


 父さんと香奈さんの前にはそれぞれ皿にのったカップケーキが置かれていた。


「うん。友達にあげようと思ったんだけど、二つ余ったから食べていいよ」


 羅奈は二人ににこやかに言ってから、キッと僕に視線を向けた。


「蒼佑は甘い物は好きじゃないようだから、食べないでちょうだい!」


 捨てゼリフのように言ってから、あからさまにぷいっと顔を背けて「じゃあいってきます」と香奈さん達に挨拶して出て行った。


「……」


 残された僕は、父さんと香奈さんの興味津々の視線にさらされることとなった。


「あらあら、羅奈と喧嘩したの?」

「何か羅奈ちゃんが嫌がることでもしたのか? お前は昔から周りにいる女の子を泣かせてばかりだったからな」


 父さんは突然心外なことを言い出した。


「なんだよ、それ。僕がいつ女の子を泣かせたっていうんだよ」


「覚えてないのか? 幼稚園の時、お前のことを気に入って付きまとっていた女の子に、僕は嫌いだから近寄ってくるなって怒鳴って泣かせただろう?」


「そんなこと……」


 あったかもしれない。

 まったく覚えていないが、あの頃の僕なら言いそうな気がする。


「母さんも、一緒に出掛けようって誘っては、また振られたって残念そうにしていた」

「……」


 それは何度もあったと思う。よく覚えている。


「蒼佑に嫌われているのかなあって、母さんはいつも淋しそうに言ってたよ」

「……」


 そんなこと……今更言わないでくれ。

 どうやっても挽回ばんかいできない今になって聞いてもしょうがないだろう。


「羅奈は怒ると頑固だからねえ。何が原因か知らないけど早く仲直りした方がいいわよ」

「うむ。どうせお前が悪いんだ。すぐに謝るんだぞ、蒼佑」


「分かってるよ」


 最初から僕は全面降伏している。

 羅奈を怒らせたり悲しませたりするつもりなどない。

 なんだかよく分からないが、僕が全部悪かったということでいい。

 僕の方が正しかったとしても、反論なんかするつもりはなかった。



 一晩考えてみて、僕は一つの推測を立てていた。

 それはずいぶん思いあがった結論かもしれないが、すべての事象を俯瞰ふかんして考えてみるとそれしか答えはないような気がしていた。


――白藤さんは今でも僕を想ってくれている?――


 その結論に到達するたびに、そんなわけないだろう、なんでこんな僕をいまだに? という疑問が湧いて出てくるのだが、結局そうとしか考えられなかった。


 羅奈は、僕と白藤さんをくっつけることで、最高のハッピーエンドを思い描いたのだろう。

 友人となった白藤さんが喜び、兄である僕も安心して任せられる。


 しっかり者の白藤さんが彼女になったなら、不甲斐ない兄も少しはマシな人間になると思ったのだろう。


 だったら僕が杉内さんと別れて白藤さんと付き合えばいい。


 だがそれはできない。

 杉内さんと別れられないからではなく、白藤さんと付き合いたくないからだ。


 別に白藤さんが嫌いだからではない。

 白藤さんが羅奈の友人になってしまったからだ。


 羅奈の友人になった白藤さんと付き合えば、僕が彼女を悲しませるようなことをするたびに、羅奈も同じぐらい悲しむのだろう。それが怖い。


 僕はあの父さんにすら言われたように、周りの女性を幸せにできる男ではない。

 たぶんうまく付き合うことなんてできない。


 だったら彼女にする子は、羅奈から遠い存在にしておきたい。

 うまくいかなくなっても羅奈を悲しませない距離のある人物が好ましい。


 小学生の頃から想ってくれていたような一途な愛は、僕には勿体ない。

 流行にのるためぐらいの一時の愛が丁度いい。

 しかも契約と割り切れる子ならもっとありがたい。


 こんな話を羅奈は納得してくれるだろうか。

 無理な気がする。


 僕はどうすればいいのだろうか。途方に暮れていた。


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