第31話 彼女ができた

「それは……一人で図書館に入るのが怖いから付き合ってくださいとか、そういうこと?」


 僕は念のために確認しておこうと尋ねた。


「いえ……。彼女にしてくださいの方です」


 女の子は生真面目に答えてくれた。


「なんで僕と?」

「一目ぼれしたからです」


 お下げの女の子は、僕のつまらない質問にきちんと答えてくれる。


「一目ぼれってことは、僕の中身はまったく知らないよね? 君は知らないと思うけど、勉強も落ちこぼれてるし、友達もほとんどいないし、これといって面白いことも言わないつまらない男だよ? それでも付き合いたいの?」


 女の子に付き合ってくれと言われて、これほど正直な返事をした男はいないだろう。

 この言葉だけでも、僕のつまらなさがよく分かったに違いない。


 だがお下げの女の子は驚くべき答えを返した。


「はい。付き合いたいです」

「……」


 物好きな女の子もいたものだ。

 だが僕も、ほんの昨日から彼女を作る必要性を感じていた男だった。


「例えば付き合うとして、僕は君と何をすればいい?」


 果てしなく愚問だ。

 普通の女の子なら、この段階で気味悪がって逃げていくだろう。

 だが彼女はやはり生真面目に少し考えてから答えた。


「えっと……一緒に帰ったり、お弁当を食べたり、それからネクタイの交換がしたいです!」


「ネクタイの交換?」


 僕は突然現れた謎のワードに首を傾げた。


「あの……制服のネクタイを彼氏と交換するのがクラスで流行っているんです!」


「へえ……」


 どうもそのネクタイ交換に対する意気込みを見ると、彼女が一番やりたいことらしい。

 友達に後れを取ってはならぬという焦燥感のようなものを感じる。

 とりあえず誰でもいいから、ネクタイ交換できる相手が欲しかったのだろう。

 おまけに、昨日の体育祭で前髪を切って妙な話題をさらった僕なら、話題性も充分ということに違いない。


 僕はうなずいて「いいよ」と答えた。


「え?」


 今度は女の子が驚いたように聞き返した。

 どうやら断られると思っていたようだ。


「君と付き合うよ」

「ほ、本当ですか? どうして?」


 彼女も僕と大差ない愚問を返してきた。

 まあ、彼女がどうしてと聞きたくなる気持ちも分かる。


「うーん、強いて言うなら僕に彼女ができると安心する人がいるから……かな」


 かなり最低な答えだったが、彼女はさほど気にしてないようだった。


「じゃあ私が南さんの彼女になったとしたら、何をすればいいですか?」


 見事な質問返しだ。

 彼女はきっと頭のいい人だ。

 僕は少し考えてから答えた。


「僕の彼女だって名乗ってくれたらそれでいい」


 それ以上に、僕が彼女に望むことは今のところない。


「なんか契約彼女みたいですね。そういうの憧れてました」


 彼女は目を輝かせ、両手を祈るように組んで夢見るように言った。


 そうなのか?


「僕もあなたが好きです!」とか熱く返されるより、今時の流行はこういうものなのかもしれない。

 大正末期人間のはずが、たまたま流行に乗れてしまったらしい。


「じゃあ契約らしく最初に確認しておくけど、一緒に帰ったりお弁当を食べたりっていうのはどれぐらいの頻度ひんどだろう? 毎日はちょっときついかなと思うのだけど」


「いえ、週に一度ぐらいでいいです。私も毎日はしんどいです」


 正直な子だ。気に入った。


「じゃあ週に一度にしよう。何曜日?」

「水曜日がいいです」

「分かった」


 なかなか話の分かる子のようだ。良かった。


「他に何か彼氏としてすべきことはあるかな?」

「うーん、今のところはないです」


 彼女はきっぱりと答えた。その清々すがすがしさが好ましい。


「よし。じゃあ何かして欲しいことがあれば、その都度言ってくれ。なるべく要望には応えるようにするつもりだから」

「はい。ありがとうございます」


 こうして僕と彼女の契約は成立した。

 彼女の名は、杉内すぎうち真美まみというらしい。

 龍泉学園の一年C組ということだった。


 付き合うことが決まってから名前を知るというのも珍しい。


 僕達は「杉内さん」「南さん」と呼び合うことになった。

 それは彼女の希望だった。

 そのよそよそしい呼び方が年上彼氏っぽくて萌えるそうだ。

 そういうものなのかと、僕は快く了承した。


 そして最後に僕は一番大切なことを告げて、契約を締めくくった。


「別れたくなったらいつでも言ってくれ。そこで契約は終了ということにしよう」


 僕の方から別れを言い出すつもりはなかった。

 彼女がネクタイ交換という一大行事を済ませ、満足したならそれで終了でもいい。

 すべて彼女次第のつもりだった。


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