第28話 秘密の関係


「おい、蒼佑。どこ行ってたんだよ。お前と写真撮ろうと思ってたのに」


 いよいよ龍泉音頭が始まる時間になり、僕は中庭からすごすごと出てきた。


 羅奈と白藤さんは、すっかり明日の約束の詳細を打ち合わせることに夢中になって、僕のことなどすっかり忘れて先に二人でグラウンドに戻って行った。


 置き去りにされた僕は、ようやく昼寝でもしようと横になったが、すぐに龍泉音頭が始まるアナウンスが流れて仕方なく出てきたのだ。


 そして待ち構えていた哲太に捕まった。


「なんだよなあ。俺と写真を撮りたい女の子がいたら申し訳ないと思って、グラウンドを五周もしたってのに、誰も声をかけてくれないんだもんなあ。結局去年と同じく野郎ばかりが寄ってきて、どうでもいい写真ばっかり撮ったよ」


 まったく想像通りというか、そんなことだろうと思った。


「蒼佑はどうだった? 誰かに写真撮ってくれって言われたか?」


「あ、ああ。そういえば後輩らしき女の子の集団と撮ったな」


「げ! 本当かよ。くそ~。いいなあ。可愛い子いたか? どんな子だよ。見せてくれよ」


「いや、その子達のスマホで撮っただけだから僕のスマホにはないよ」


 僕の返答を聞いて、哲太は呆れたように頭を抱えた。


「かーっ! バカだな、蒼佑。そういう時は画像が欲しいとか言って相手のスマホに番号を登録するもんだろ? そこから仲良くなるチャンスができるんじゃないか」


 なるほど。みんなそうやって繋がりを作るものなのだ。

 だが大正末期を孤独に生きる僕が、そんなハイカラな付き合い方を知るはずもない。


「A組の南さんとか、B組の白藤さんがいたら頼み込んで一緒に写真を撮ってもらおうと思ったのに、それも出会わずだったしなあ。ついてないよ」


 僕は羅奈と白藤さんの話題になって、少しだけどきりとした。

 その二人は僕と一緒に中庭にいたから、出会うはずもない。


「二人ともどこにいたんだろう? 誰か目当ての男と写真でも撮ってたんじゃないよな。どう思う? 蒼佑」


「さ、さあ……。どうかな。僕に聞くなよ」


 なんだって僕に聞くんだ。

 まさか僕が二人といたことを知ってて聞いてるんじゃないよな。


 その時、ブー、ブーと浴衣の帯に入れていたスマホのバイブ音が鳴り響いた。

 ぎょっとしていると、再びブー、ブーと立て続けに鳴り出した。


 もしやと思うが、羅奈がさっきの写真を転送してきたのだろう。

 いや、間違いない。

 孤独な僕にこんな怒涛どとうのメールを送ってくる相手など他にいない。

 この立て続けの着信音から考えて、僕が撮った二人の写真も全部転送してきたようだ。


「あ、あれ? 電話かな?」


 僕がとぼけたように言うと、哲太は怪訝けげんな顔で僕を見た。


「いや、その鳴り方はメールだろ? データの転送っぽい連続音じゃないか?」

「あ、ああ。そうか」

「……」


 哲太は怪しむように僕を無言で見つめる。

 いくら哲太でも、誤魔化し方が下手過ぎた。


「な、なに?」

「いや、見ないのかと思って」

「もう龍泉音頭が始まるみたいだし後でいいよ」

「メールぐらい見る時間はあるだろう。急用かもしれないぞ」

「急用なら電話してくるよ。後でいいって」


 かたくなにスマホを出そうとしない僕のふところで、とどめのようにもう一度ブー、ブーと鳴った。


 羅奈、頼むからもうやめてくれ。


「蒼佑。俺に隠し事したって無駄だぞ」


 哲太はすべて知っているぞという顔で告げた。

 やっぱり哲太は、羅奈と白藤さんと一緒にいたところを見たに違いない。


「哲太……。いや、違うんだ。誤解しないでくれ」


 僕はいよいよ哲太にも羅奈との関係を告げるべきだろうと覚悟した。しかし。


「お前、本当は後輩の女の子達に番号を教えたんだろ? なんだよ、興味がないフリして本当は気に入った子がいたんだな? 別に俺はお前だけ彼女ができたからって意地悪したりしないぞ。正直に言えよ」


 え? そっち?


「一緒に撮った画像を送ってきたんだろ? それぐらい分かるよ」

「いや、それは……」


 微妙に鋭いのだが、一番大事なところを勘違いしている。


 ちょうどそこで、龍泉音頭の入場の音楽が流れて、ぞろぞろとみんなが動き出した。

 哲太は僕への追及をやめて、列の中に入っていきながら言った。


「まあ、いいよ。俺に嘘をついたことは許してやるから、後で写真見せてくれよ。ついでにその子にフリーの友達がいたら紹介してって頼んでくれ」


 哲太は親指を立てて粋にポーズを決めていたが、言っている内容はかなりダサかった。


 その後の僕は、もちろん羅奈の送ってきた画像を哲太に見せるはずもなく、新しい母親が弁当が美味しかったかとしつこく聞いてきたメールだったのだと誤魔化した。


 当然だが、明日白藤さんがうちに遊びに来るなどは口が裂けても言えない。

 哲太には羅奈のことはぎりぎり限界まで言わないことにした。


 できることなら一生言わなくていい。

 言ったが最後、毎日のように僕の家に理由をつけて遊びに来そうな気がする。

 こいつだけは、ばればれの嘘でも何でもいいから絶対に教えないでおこう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る