第27話 不思議な三角関係
なぜかこの三人で顔合わせすると、妙な空気が漂ってしまう。
まるで可愛い女の子二人を両天秤にかけているモテモテ男子のような錯覚に陥ってしまうのだが、それはまったくもって僕の潜在意識にはびこる欲望が見せる錯覚に違いない。
実際、かたやダメ兄に呆れるできすぎた妹で、かたやどんどん落ちこぼれていく同級生に失望するできすぎた幼馴染だ。
僕の意図しない潜在意識といえども、勘違い
「あ、ごめんなさい。お邪魔だった?」
白藤さんは申し訳なさそうに謝った。
兄と妹にお邪魔もへったくれもないが、昼寝の邪魔といえば邪魔かもしれない。
そんな身の程知らずなことを考える僕の代わりに羅奈が答えた。
「ううん。B組の白藤さんね? 私と蒼佑のことは聞いているのよね?」
「え、ええ。南くんのお父さんの再婚相手の連れ子なのよね?」
白藤さんは少し戸惑うように答えた。
「そうなの。転校したばかりで知り合いもあまりいないから……えっと、よろしくね」
「こちらこそ、友達になれたら嬉しいわ」
遠慮がちに言う羅奈に、白藤さんは優等生の笑顔で答える。
白藤さんはあくまで社交辞令で答えたはずだったが、羅奈は全力で受け止めたようだ。
「え? 本当? 友達になってくれるの?」
「え、ええ。もちろん。喜んで」
「ほんと? 嬉しい!」
羅奈が戸惑う白藤さんの手をとって、握手している。
うわあ、なんか面倒なことになったなと僕はベンチに寝そべった。
「ちょっと、蒼佑! 私達が友情をはぐくもうとしている時に、なに寝ようとしてるのよ!」
羅奈が間髪を容れず文句を言った。
「いや、僕は二人の友情に関係ないし」
「関係あるわよ! ほら写真撮って! 二人の友情記念の写真よ」
羅奈は僕に自分のスマホを差し出した。
今度は間違いなくカメラマンをご所望のようだ。
僕は仕方なく起き上がり、羅奈と白藤さんを写真映えする場所に立たせて撮った。
「あ、羅奈、もうちょっと右寄って。白藤さんはもう少し顔をこっちに向けて」
被写体がいいものだから、僕の
「あー、二人とももうちょっと近付こうか。うん、いいね。いいよ」
いや、なんなんだ、僕は。
なんでこんなところでカメラマン気取りになっているのか分からないが、やる気になったのだから仕方がない。アングルを変えて何枚も二人の写真を撮った。
浴衣姿で中庭の池と木々をバックに映る二人の写真は、間違いなく高値で取引される上出来のブロマイドに仕上がった。クラスのやつらなどは小遣い全額つぎ込んでも買うだろう。
「じゃあ、ついでに蒼佑と白藤さんも撮ってあげるわ。並んで!」
「え? 僕はいいよ」
「もう、つべこべ言わない! はい、並んで。撮るわよ」
羅奈はスマホを受け取ると、今度は僕と白藤さんを無理やり並べて写真を撮った。
僕は再び動かないパラパラ漫画と化した。
「羅奈ちゃんも……南くんと二人で撮ろうか?」
白藤さんは遠慮がちに尋ねた。
羅奈はしばらく考えて「うーん。私はいいや」と断った。
なんだそれ。
私はいいやってどういうことだ。
その代わり最後に三人で自撮りの写真を撮った。
この三人の写真を撮る必要があったのか疑問だが、撮ってしまったのだからよしとしよう。
「白藤さん、画像を送るね。あ、ついでに番号聞いてもいい?」
「うん、もちろん。自分で入れようか」
白藤さんが羅奈のスマホを受け取って自分のデータを入力している。
「わあ、
「うん。妃奈子でいいよ。私も勝手に羅奈ちゃんって呼んでるし」
「ふふ。蒼佑と同じ苗字なんて呼びにくいものね。じゃあ私も妃奈子ちゃん」
女の子同士というのは、距離を詰めるのがすこぶる早い。
まるで何年も前からの友人のように打ち解け合っている。
僕のように、いまだに哲太以外に打ち解けない男には信じられない順応力だ。
まあ、男女の差ではないのか。
哲太もこれ以上の順応力で誰とでも友達になるやつだった。
僕はベンチに座って頬杖をつきながら、二人の女子のやりとりを眺めていた。
まあ、見ていて退屈はしない。いつまでも眺めていられるな。
美人だからとか可愛いからとか関係なく、笑っている女の子がいるだけで場が明るくなる。
「はい。蒼佑も番号入れて」
ふいに羅奈が僕にスマホを差し出した。
「え?」
「だから、蒼佑にも画像を送るから番号を入れてって言ってるの」
「僕は別にいいよ」
同じ顔ばかりの自分など見たくもない。
「なあに? 私達と撮った写真がいらないって言うの?」
羅奈は頬を膨らませて文句を言う。
「そういうわけじゃないけど……」
二人の写真ではなく、僕の写真がいらない。全然見たくない。
「もうつべこべ言わない。早く番号入れてよ。そろそろ戻らないとでしょ」
羅奈に急かされて僕は仕方なく羅奈のスマホに番号を入力した。
「あの……」
白藤さんは少し驚いたような顔で尋ねた。
「二人は……まだスマホの番号も教え合ってなかったのね?」
「……」
僕と羅奈は言われてみて初めて気付いたように顔を見合わせた。
「だって別にスマホで連絡し合わなきゃならない用事もないしね」
羅奈の言うとおりだ。
別にお互いに聞こうとも思わなかった。
ちなみに白藤さんは中学時代同じクラスだったこともあって、連絡網の必要上、お互いの番号は登録している。だがもちろん連絡網以外に使ったことはないが……。
「そ、そうなんだ。突然兄妹になるっていろいろ大変そうだと思ってたけれど、案外ドライな関係なのね。意外だった」
白藤さんは少しほっとしたような笑顔で答えた。
そんな白藤さんの様子を見ていた羅奈は、突然とんでもないことを言った。
「じゃあさ、今度うちに来る?」
はあ?
なにが、じゃあさなんだ?
なんでその発想になるのか分からない。
今日友達になったばかりの相手を家に呼ぶか?
いや、輝かしい青春の中にいる女子高生は、そういう距離感で人を呼ぶのか。
だが、節度ある白藤さんは当然断るものだと思っていたのだが……。
「いいの?」
うそだろ?
白藤さんもそういう距離感の人だったのだ。
いや、もしかして僕一人が大正末期ぐらいの距離感で生きているのかもしれない。
「もちろん、いいよ。明日の代休とかはどう?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、決まりね」
違う時代を生きている僕には、この決定に口出しする勇気もない。
明日は図書館でも行って二人に会わないようにしようと決意した。
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