第26話 写真撮ってください

 最後の『龍泉音頭』が始まる前に、一時間ほどの撮影タイムがある。

 クラスごとに全体写真を撮るのが昔からの伝統だった。


 ダンスを踊った後では、浴衣がはだけて砂埃すなぼこりで汚れてしまうため、着付けた後すぐに撮影大会がある。そして当然、自分のクラスの番以外は暇を持て余すことになる。


 去年は浴衣のまま中庭のベンチでひと眠りできた。


 女子達はお互いに写真を撮り合うことで忙しい。

 そしてモテる男子も忙しい。

 

 一緒に撮ってください、というクラスメートや後輩に囲まれて、人気アイドルのごとく長蛇の列ができるのだ。


 今年は早い順番だったクラス撮影が終わると、僕は中庭でひと眠りしようと特等席のベンチに向かった。

 哲太のやつは、「俺と写真を撮りたい女子がいるかもしれないから」と運動場を一回りするそうだ。去年もそんなことを言って、野郎ばかりと写真を撮ってたけどな。


 やれやれとベンチに腰掛けた僕だったが、すぐに校舎の陰から「あっ! いた!」という声が響いて一年らしい女の子十人ぐらいの集団に取り囲まれた。


「あの、写真撮ってください!」と一人の子が言ったので、僕は「いいよ」と二つ返事で答えた。


 そして手を差し出してスマホを受け取ると、腕利きのカメラマンのごとく、戸惑う女の子達を手招きで誘導して、中庭の木々と池が映える場所に並べて撮ってあげた。

 中々いい写真が撮れたと満足する。そしてスマホを返した。


 僕は一仕事終えた気分でベンチに腰掛けて寝る体勢になろうとしていた。


「あ、あの……」


 しかし女の子たちは、まだベンチの周りから立ち去ろうとしてくれない。

 違う構図でも撮って欲しいのかと思ったが、それは僕の思い違いだった。


「あの……一緒に写真を撮って欲しいんです」

「え?」


 女の子達はもじもじしながら、すでに列を作って並んでいる。


「あ、ああ……。そういうこと……」


 いや、もっと早く言ってくれ。

 長らくモテてなかった僕には、一緒に撮るという発想はなかった。

 勘違いしていたことが恥ずかしくて断れなくなった。


「横に並んでもいいですか?」

「ああ、うん。どうぞ」


 後輩らしい女の子達は、きゃあきゃあ言いながら順番に撮り始めた。

 僕は木偶でくの棒のように突っ立っているだけだが、女の子達は浴衣の帯を直したり前髪を整えたり忙しそうだ。

 こんなつまらない男と写真を撮るのがそんなに楽しいのだろうか。

 

 そして不思議なことが起こった。

 どうしたことか撮れども撮れども、一向に列が途切れない。

 なんでかと見ると、撮り終えた子達がもう一度列の最後に並び直している。


 いや、こんな男と何枚も写真を撮ってどうするんだ。

 僕はさっきから同じ姿勢で同じ顔を作ったままだ。

 ぱらぱら漫画にしてめくってみても、僕だけずっと同じだぞ。


 女の子達は確かに立つ位置を変えたり、ポーズを変えたりしているが、僕の写真は複写と何も変わらない。


「もういいんじゃないの」と言いたいが、わくわくした顔で順番を待つ女の子達を見ていると、途切れさせる場所が決められなかった。


 普段モテない男というのは、こういう場合されるがままになるしかない。


 たぶん明日になれば「誰、あんた」と言われる程度の一時的なものだろうに。


 それにしても途切れない。

 貴重な昼寝タイムがなくなっていく。


 この無限ループはいつまで続くのかと途方に暮れていると、突然「あなたたち!」という声が響いた。


「一年生のクラス撮影が始まってるわよ。何人かいないってみんなが捜してるけど、あなたたちじゃないの?」


 その声に、女の子達が一斉に慌てた顔になった。


「いけない! もう順番きちゃったんだ」

「早く戻らないと」

「先生に怒られるわ!」


 女の子達は僕の前に並んでぺこりと頭を下げて「ありがとうございました」と元気よくお礼を言って去っていった。


 嵐のような女の子達だった。


 ともかくホッと息をついてベンチに座った僕に「まったく、何やってるのよ」とさっき呼びかけてくれた声が言った。


「え?」


 顔を上げて見ると、それは羅奈だった。

 腕を組んで、呆れたようにベンチに座る僕を見下ろしている。

 紺地に朝顔の花柄模様で彩られた浴衣がよく似合っていた。

 髪には浴衣に合わせた朝顔の大きな花を耳元に飾っている。

 我が妹ながら、美人だなあと感心した。


「私が声をかけなかったら永遠に続いてたわよ。断るってことができないの?」

「断るほどの用があれば断ったけど、ここで昼寝するだけだしなあ……」


 羅奈は肩をすくめてため息をついた。


「本当は可愛い女の子に囲まれて、鼻の下をのばしてたんでしょ?」

 

 僕はむっとして今回ばかりは言い返してやることにした。


「誰のせいでこんな目に遭ってると思ってるんだ? 体育祭前日なんてややこしい日に前髪を切るから、物珍ものめずらしがって注目されたんじゃないか。迷惑してるんだからな」


「あら、感謝されると思ってたのに。私の切った髪形は中々評判がいいみたいよ。A組のところまで噂がきてるわ。南くんは髪を切ったら、すごくステキになったって」


「そういうのいらないから」

「なんでよ」


 羅奈は不満そうに頬を膨らませた。


「なんでだっていいさ……」


 理由なんてない。

 そういう青春のまぶしさみたいなものが似つかわしくないだけだ。

 それだけだ。


「ねえ、蒼佑って……」


 なにかを言いかけた羅奈だったが、中庭にまた一人闖入者ちんにゅうしゃが現れた。


「あの……南くん……」


 僕と羅奈は同時に視線を向けた。


 白藤さんだった。

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