第25話 モテ期到来

 僕の自意識過剰病は、昼休みのあと、ますます悪化していた。


 やたらに人と目が合う。

 特に女子の視線がささるような気がする。


 僕はさらした目から変態臭でも出して、女子達に警戒されているのかと危ぶんだ。


 そして最後の龍泉音頭の浴衣に着替えて運動場に出ると、一層みんなの視線を感じるようになった。


「なんだよ、蒼佑。浴衣まで新調して本気で彼女を作る気だな?」


 哲太は目ざとく僕の浴衣に気付いてからかう。

 僕にはそんな気はまったくなかったのだが、はたから見ると体育祭ではじけてやろうという気満々にしか見えないだろう。


「違うって、ほんとに」


 僕は頭を抱えて弁解するが、余計にすかしたポーズに見えるようだ。


「おい、蒼佑、ぬけがけだぞ」

「そうだよ。お前は問題外だと思っていたのに、なんだよ一人だけ弾けやがって」

「まさかお前が色気づくとは思わなかった」


 クラスの男どもが、訳の分からない文句を言ってくる始末だ。


 なんだよ、問題外って。色気づくって。

 なんか色々失礼だろ。


「いや、違うから。そういうんじゃないって」


 言いながら周りに視線を感じてちらりと見ると、「きゃああ!」という悲鳴が上がった。


「?」


 ついに目から変態光線でも出してしまったのかと思ったが、様子が変だ。


 一年の集団らしい女の子達が僕の視線を受けて、きゃあきゃあと騒いでいる。


「ど、どうしよう。目が合っちゃった」

「話しかけてみようか」

「きゃあ、どうしよう。恥ずかしい」


……という声がまる聴こえだ。


「え?」


 もしかして変態臭に警戒されているのではなく、好意的な視線なのか。

 それを証明するように、クラスの男どもが僕をこぶし小突こづいていく。


「くそっ! モテやがって」

「彼女いない同盟から一抜けするつもりだな」

「この裏切り者め」


 いや、そんな同盟を組んだつもりもないし、裏切ったつもりもないのだが。


 そしてとどめに、哲太が大きなため息をつきながら言った。


「そうだよな。蒼佑って小六の時もモテモテだったもんな。ちょっと本気出せばモテるよな」


 僕は小六の時モテモテだったっけ?

 そしてちょっと本気出してる状態なのか?


 僕は周りから見ると、本気で彼女を作る気になって色気づいている弾け男子高生らしい。


 いや、勘弁して欲しい。設定が恥ずかし過ぎるんだが。

 なんで前髪一つでこんなことになっているんだ。



 あれは小五のバレンタインだったっけか。


 僕は初めて本命チョコというものをもらった。

 しかも三個も。


 三人は仲良し三人組で、それぞれ手作りチョコを綺麗にラッピングしていた。

 そして放課後、三人一緒に渡しにきた。


 これはどういうつもりなのだろうと、僕は戸惑っていた。

 この中から一つ選べというのだろうか。

 その後の友情関係が壊れるとかは考えなかったのだろうか。


 ともかく僕は一つを選び取る勇気も、全部を断る勇気もなく、三つとも受け取った。


 その行動は正解だったらしい。

 ともかく三人は僕が受け取ったことに喜んで帰っていった。

 ちょっとよく分からない。


 僕は分からないままに家に帰って、母さんにもらったチョコをそのまま渡した。

 母さんは「きゃああ、ステキ!」と大喜びしていた。


「蒼佑のことを好きになってくれた女の子が三人もいるのね。嬉しい!」

 まるで自分のことのように喜んで、僕が包みを開けるのを固唾かたづを飲んで待っている。


「母さんが開ければ? 僕は甘い物はあまり好きじゃないし。あげるよ」


 半分照れ隠しで僕が言うと、母さんはふくれっ面になった。


「なんてことを言うの! 蒼佑のために心をこめて作ってくれたチョコなのよ。蒼佑が開いて、一口でもいいから食べてあげなさいよ」


 まあそうなんだろうけど、なんか照れくさくて嫌だった。


「いいってば。いらない」


「蒼佑! なんて冷たいの? そんな冷たい子に育てた覚えはないわ。ちゃんと食べないと許さないから!」


 食べ物の好き嫌いにはさほどうるさくないのに、この時だけはしつこかった。

 僕は仕方なく包みを開き、少し崩れたハート型のチョコケーキと、ハートの描かれたカップケーキと、「好きです」と書かれた板チョコを一口ずつ食べた。


 母さんは僕が食べている間、「この子はどんな子?」「誰が一番好きなの?」「なんて言われたの?」と矢継ぎ早に質問してきた。


 僕は正直言って、誰がどのチョコをくれたのかも分からなくなっていたし、クラスは同じだけれどほとんど話したこともない女子で、「分からない」を連呼していた。


 母さんは面白みのない息子の返答に不満そうにしていたが、ホワイトデーのことなどすっかり忘れていた僕に、「これお返しに渡してあげなさいね」とチョコの包みを三つ用意してくれていた。


 その頃には僕は誰にもらったのかも分からなくなっていたのだが、なぜか哲太が覚えていて、無事に返すことができた。そのチョコはとてもセンスがいいものだったらしく、僕の株はさらに上がり、母さんが死ぬまで上がり続けた。


 その頃が人生の最大のモテ期で、その後の僕は急降下して中学以降はチョコをもらったこともない。そして二度とモテ期は来ないと思っていた。


 あの頃の僕は、母さんが買ってきた服を着て、母さんに連れて行かれる美容室で髪を切り、母さんに言われるままに女子に粗相のない対応をしていた。


 僕がモテたのは母さんの演出があったからで、僕の力ではない。

 そして今回は、羅奈が切ってくれた髪形がとても今風でセンスが良かったからだろう。


 羅奈によって演出されたモテ期だった。


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