第14話 初登校

「じゃあ蒼佑くん、羅奈のこと頼んだわね」

「うむ。学校までちゃんと連れて行ってあげるんだぞ、蒼佑」


 羅奈の初登校の日、香奈さんと父さんはそう言って僕達より先に家を出た。


 初日は香奈さんが付き添おうかと申し出ていたが、羅奈が大丈夫だと断っていた。

 そして学園には僕もいることだし、困ったことがあれば助けてくれるだろうということになった。


 香奈さんは僕を買いかぶり過ぎていた。


 家では確かに口うるさい暴君となって立ち上がった僕だが、学園では相変わらず五年前に詰んだままの冴えない男でしかない。


 僕の助けなど当てにしたらがっかりするだけだ。


「いつも通り登校してくれたら、ついていくから大丈夫よ」


 羅奈はよく分かっているようで、僕に多大な期待はしていない。

 学校までの道順が少し不安なようだが、まあ僕の後についてくれば問題ない。


「学校についたら、後は職員室に行けばいいだけだから」


 そう言って、僕の二十歩ほど後ろからついてきた。


 二十歩は少し離れすぎだろうと思ったが、それが羅奈の許容範囲なら仕方ない。


 僕はちゃんとついてきているか、たまに前髪の隙間から確認しながら無事電車に乗り、学校に辿り着いた。


 羅奈が職員室に入るのを見届けてから教室にいくと、すでに羅奈の姿を目撃したやつがいたようで、編入生の話題で盛り上がっていた。


「見たか? あの子だよ。この間編入試験を受けにきていた」

「見た見た。椿が丘の制服着てた子だろ?」


 羅奈の制服は間に合わなくて、今日も椿が丘の制服を着ていた。


「試験に受かってたんだ。良かった~!」

「二年の学年主任が試験の担当をしてたから、二年に入るのは間違いないらしい」

「どのクラスかな? このクラスかもしれないぞ」

「おお~! でも空いてる席がないんだよな」

「隣のクラスは先月留学したやつがいるから席が空いてるんだよな」

「じゃあ隣に入るのかな。くそ~! お前、なんで留学しなかったんだよ」

「お前こそ、好きな国に行っていいから彼女のために席を空けろよ」


 盛り上がっているところ悪いが、羅奈は特進理系A組に決まっている。

 僕達のような平民クラスではないのだと教えてやりたいが、僕がそれを知っていることの方が問題になるだろうから黙っていることにした。


「おい、みんな! 新情報だ!」


 大声で教室に飛び込んできたのは哲太だった。

 調子乗りの哲太は、こういう時だけ驚くほどフットワークが軽い。


「なんだよ、哲太。編入生のクラスが分かったのか?」

「名前は? 理系? 文系?」

「もったいつけてないで早く教えろよ!」


 哲太は得意げに男達を見回すと、こほんと咳払いして告げた。


「なんと、彼女は特進理系A組で~す!」


「ええ~! 特進生?」

「げーっ! めっちゃ賢いじゃんか」

「誰だよ受からない心配してたのは」


 男達はようやく身分の違いというものに気付いたようだ。

 僕は思い知ったかという顔をして、自分の席で聞いていた。

 僕がどや顔をする権利など何もないのだが。


「それで名前は?」

「分かったのか?」


 男達の質問に哲太が得意げに答えた。


「もちろんだ。職員室で彼女が話している横を通り過ぎた時に、書類の名前をこっそりのぞいてきた」


 こいつは将来いい探偵になりそうだ。


 そして僕は少しだけどきりとした。

 同じ南姓だと知って何か言われるだろうか。

 その時はなんと言って誤魔化そうか。

 僕が悩んでいる間に、哲太は口を開いた。


「彼女の名前は南羅奈さんで~す!」


 おお~! という歓声が響いた。


「南羅奈ちゃんかあ」

「可愛い名前だな」

「彼女にぴったりな名だ」


 ほんの数日前まで熊田羅奈だったんだけどね。

 みんな口々に褒めたたえていて、同じ南姓の僕を気にする者はいなかった。

 いや、そもそも南という名をそれほど褒めたたえられたことなどない。


 美少女と冴えない男は、同じ南姓でも内容が違い過ぎてまったく別物に思えるらしい。

 同じ名字であることなど、なんの心配もなかった。


 僕と羅奈を結びつけるものなど何もないのだ。


 親友の哲太ですら、一週間ほど経ってから「そういえばお前も南だったな」と今更なことに気付いて「なんか嫌だな」と勝手に不満そうにしていた。


 ともかく僕の心配は杞憂きゆうでしかなかったのだった。



 僕のクラスの男達の騒ぎっぷりを見ていて、僕は少し心配していた。


 なぜなら、羅奈の入る特進理系A組は男子が圧倒的に多いクラスだからだ。

 理系はそもそも男子が多いが、特進生は特に比重が偏っている。


 羅奈は香奈さんの血を引いているのか理系脳なのだろう。


 父さんも香奈さんも、理系で研究職を極める、超がつくほどの秀才だ。

 僕にしても地頭は悪くないはずだった。

 何度も言うが、僕だってやれば出来るのだ。やらないだけだ。


 やらない僕と違って、やる羅奈は、自然に理系が得意になったのだろう。


 その男子だらけの特進生クラスに、羅奈のような美少女が編入すれば大騒ぎになるに違いない。


 僕以上に哲太やクラスの男達の方が心配していた。


「くそー、特進クラスのやつらめ。羅奈ちゃんに手出ししたら承知しないぞ」

「それでなくても女子が少ないのに、羅奈ちゃんみたいな可愛い子が現れたら取り合いになるんじゃないか」

「ここはA組のやつらに、がつんと釘を刺しておくべきじゃないか」


 そんなことを言って騒いでいた。


 だがいざ羅奈が編入してみると。


 僕達のクラスの男どものように下品に騒ぎ立てるやつは誰もいなかった。


 そもそも特進クラスのやつらは、すでに再来年に向けて受験体制に入っていた。


 選りすぐりのエリート達にとって、高校は青春時代ではない。

 やつらの青春は、一流大学に入学してから始まるらしい。

 高校はそのための下積み期間であって、恋愛などにうつつを抜かす愚か者はいなかった。


 多少気になる女の子がいたとしても、節度のある交流をして一流大学に入ってから一気に解放するのだろう。


 僕達のような庶民クラスの人間とは、根本から違っていた。


 羅奈はクラスの中では取り立てて騒がれることもなく、少ない女子達とすぐに結束を固め、穏やかになじんでいったようだ。


 浮かれているのは平民クラスの男達ばかりで、特に哲太をはじめとした僕のクラスの男達が一番騒いでいた。


 普通クラスは別に成績順で分けられたわけでもないが、僕のH組にはなぜかお調子者ばかりが集まっていると言われている。


 僕のように詰んだ男には、面倒で居心地の悪いクラスだった。


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