第5話 突然の美少女
ある日の放課後、教室の窓際に人だかりができていた。
特に、クラスの男達が騒いでいる。
窓の外に何か面白いものが見えているらしいが、僕にはどうでもいい。
僕は気にせずいつも通り帰り支度をしていた。
だが、こんな何の面白みもない僕に、いつも絡んでくる男がいた。
幼馴染の哲太だ。最悪なことにクラスまで一緒だった。
「おい、蒼佑。門のところにすげえ美少女が立ってるらしいぜ。誰かの知り合いかな?」
「ふーん。龍泉学園の子じゃないのか?」
「違う制服らしい。みんなが言うには椿が丘女子の制服らしいぞ」
椿が丘女子とは良家子女の集まりと言われ、彼女にしたいランキングNO,1の女子高だ。
だが、ここからはずいぶん遠かったと思うが。
「この学校に彼氏がいるんじゃないかって。その色男の面を見てやろうじゃないかって、みんな窓に張り付いて観察してるらしいぞ」
「ふーん」
みんな暇なんだな、と僕はカバンを肩にかけた。
ちょうどその時、「おお~っ‼」という歓声が上がった。
どうやら彼氏登場かと思ったが、嫉妬に狂った男達の様子とは少し違う。
「女の人だぞ? え? 母親かな?」
「中に入ってきたぞ。どういうことだ?」
美少女の待ち人が男でなかったことが余程嬉しかったのか、さっきより盛り上がっている。
「もしかしてっ‼」
誰かが声を上げて、全員の目が期待を込めてそいつを見た。
「途中編入?」
そいつが自信なさげに呟いたと同時に、大歓声が起こった。
「それだ! 間違いないぞ」
「編入試験を受けに来たんだ。そうに違いない」
「いやあ、良かった、良かった」
何が良かったのか分からないが、男達は偉大な勝利を称え合うように握手をして抱き合ったりしている者までいる。
そして僕は最近この学校の編入試験を受ける話を聞いたばかりだったことを思い出した。
「お? 蒼佑もさすがに編入してくる美少女のことは気になるか?」
窓際に歩み寄る僕の後ろについてきながら哲太が
僕は窓の外を見下ろし、門から校舎に向かって歩いてくる二人を確認した。
羅奈と香奈さんだった。
本当に編入試験を受けるのだと、僕は半ば呆れたような気持ちでいた。
そしてうっかり出くわして声をかけられなくて良かったと心の中で安堵した。
僕がほっとしている間に、クラスの男達は新たに持ち上がった大問題について話し合っていた。
「龍泉の編入試験って難しいんじゃなかったっけ?」
「おお。そうだよ。知り合いが帰国子女枠でも落ちたって言ってた」
「大変だ。彼女がもし落ちたらどうするんだ‼」
彼女が落ちようが落ちまいが、お前らには関係ないだろうと僕は心の中で呟いた。
むしろこの中で、少しばかり関係があるのは僕ぐらいのものだ。
だが男達は一大事だとばかり、真剣に話し合っている。
「彼女をなんとしても編入試験に合格させなければならないぞ!」
「おお! そのためなら、俺は多少の罪を犯すことも
「職員室に入り込み、答案用紙を
「誰が改竄するんだ? 特進クラスのやつを呼んでくるか?」
僕たちのクラスは「普通科理系H組」だが、普通科の他に「特進理系A組」と、「特進文系B組」がある。特進生は高校からの受験組と、中学から上がってきて成績が抜群にいい生徒のクラスだ。
確か白藤さんも特進文系B組だったか。
羅奈をどんな悪どい手を使っても合格させると作戦を練っていた男達だったが、後日、まったく無用な心配だったことが分かった。
羅奈は特進理系A組に編入することになった。
◇
例えば新幹線はトップスピードで走っていて急ブレーキをかけると、完全に止まるまでに数キロ進んでしまうらしい。
僕にも同じことが起こっていた。
僕は中学受験に向けて、最後の追い込みにかかっていた。
目指す中学に合格するという目標に向かって、トップスピードで突き進んでいた。
そんな中で突然母さんが死んでしまったのだが、ショックを受けながらもすぐには止まれない。僕の脳みそはまだ受験に向かって突き進んでいた。
少しずつ減速していく中で、先に試験があった龍泉学園の受験は余裕で受かった。
次に受験日のある第二志望の中学は減速の勢いに負けて不合格だった。
そして最後の受験日だった第一志望の中学は、減速から失速に向かい寝坊してしまった。
寝坊だけのせいでなく、普通に受けても落ちていただろう。
そうして僕は五年をかけてゆるやかに停止していった。
新幹線にしろ僕にしろ、無理な減速というのは良くない。
無理に止まれば新幹線の乗客は大怪我をし、僕の心は無残に壊れていただろう。
僕は壊れない程度に、ゆっくりゆっくり減速していった。
そして今、完全な停止状態になっているのだろう。
僕の心は原型を無くすほどには壊れなかったが、動き出す気配もない。
これは壊れていないと言えるのだろうか。
次にいつ動くのか分からなくなった新幹線は、壊れている車輛と何も変わらない。
今の僕はそういう状態なのだろう。
僕を責めないで欲しい。
僕だってこのままじゃダメだと思っている。
でも一度止まってしまうと、どうやってまた動き出せばいいのか分からなくなったんだ。
だって僕に進む道を示してくれたのは、いつだって母さんだった。
母さんが喜ぶだろう道をいつだって選んできた。
その母さんが死んだ今、僕は何を指針に生きればいいのだろう。
だれか教えて欲しい。
だが、それを誰かに尋ねることはできなかった。
ひたすら図書館の本を読み漁ってみたが、今のところ明確な答えを見つけられていない。
僕の中に、前進することにひどく怯える僕がいる。
それが何なのか、僕にはどうしても分からないのだった。
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