第3話 本

「奏多、お帰り。」

コーヒーを入れたコップを机の上に置きながら、琉人兄さんは言った。

僕はぼんやりとホカホカと湯気を立てるコーヒーを眺めながら、

「ただいま。」

と呟いた。

向かい側には、先ほど妹だと紹介された女の子が不機嫌そうにココアをすすっていた。


あの後、家に帰ってきた2番目の兄に、僕を攻撃してきた女の子が妹だと告げられ、茫然としている僕をおいて、簡単な自己紹介が行われた。

といっても、ほぼ、琉人兄さんが、薫と呼ばれている妹に僕のことを説明するだけだったけれど。

そのあと、知紀兄さんは部屋に運ばれ、再度、リビングで話し合うことになった。


自分がいない10年間の間に、一体家族に何があったのだろうか。

妹なんて、まさか、母さんが再婚したのだろうか。

でも、母さんは確かそんな状態ではなかったはずだし・・・


ひとまずコーヒーを飲みながら、斜め前に座っている2番目の兄を見つめてみる。

「元気だった?。」

「う、うん。」

目が合った瞬間、そう聞かれて、戸惑いながら返事をした。

「体の調子は大丈夫?何か悪いところはない?」

「大丈夫、いたって、健康だから。」

返事をしながらも、違和感に気づく。

琉人兄さんの雰囲気が違う。

僕が異世界に行くまでは、海外で留学だとか研修だとかであまり家にいる人ではなかったけど、今みたいに柔らかな雰囲気の人ではなく、どちらかといえばとても冷めた空気をまとっていた気がする。

どことなく、外国の血を感じさせる深い顔つきに、あまり動かない表情。

そして、青みがかった瞳はどことなく氷を思わせ、幼い頃は自分も彼を怖がっていた。

だからこんな、ゆったりと笑みを浮かべるような人ではなかったはずなのに。


「琉人兄さん、雰囲気変わったね。」

コーヒーを飲んでいた兄さんの手が止まり、面白そうに僕を見る。

続きを促されているようで、気まずげに目をさまよわせながら、続ける。

「僕が、知ってる兄さんって、そんなとも兄みたいなしゃべり方じゃなく、もっと、冷酷な感じだったと思うんだけど。」


「正解、記憶も正常か。」

「え。」


急に、昔のような冷たい雰囲気になった兄に戸惑う。

笑みを浮かべていた顔は、表情が動いていた痕跡すらないような無表情に変わり、柔らかく落ち着いた声音は、まるで軍隊を指揮する軍人のように鋭くなる。

昔の兄だ。


「兄さん、では、この人は楠木奏多で間違いないですか。」

先ほどまで兄の横で不機嫌そうにコーヒーをすすっていた妹は、打って変わって、感情の読めない顔で僕を見つめてそう言った。


人を監視するような眼差しと、今まで僕を「楠木奏多」かどうかの確認が行われていたかのような会話に混乱を覚える。

得体のしれないものと対峙しているときの気持ち悪さに、一瞬、逃走すべきかどうか考えが頭によぎった。


「別に、逃げる必要はない。

 君は私の弟であり、それ以外何物でもないから。」

そんな僕の思考を呼んだように、兄が言う。


「奏多、君は今まで異世界にいた。

 異世界に渡ったことにより、不老になった。

 そして、その特異性のために長い年月を生き、今日、時空の裂け目を通って、帰宅した。

あってるか。」


ガシャン


言い終わった瞬間、机を押し倒し、二人から距離を取る。

ポケットに入れておいた、特殊警棒を出しながら、二人を見据えて聞く。

「なんで、知ってるの。」


怪我一つなく、机の後ろに立った妹は、兄を見ながら

「いったん、拘束しますか?」といつの間にか手に銃を持ちながら聞いた。

兄は僕から視線を一切離さず、左手で彼女を止めた。


「混乱させて悪かった。

 別に、奏多を捕まえて何かしたいというわけではない。

 私は今、奏多のような異世界へ渡った存在や異世界から来た存在を保護、監視、対処する仕事についている。

 先ほどのは、君が、楠木奏多本人なのか、楠木奏多を模した別の存在なのかを判断する為に、試験していただけだ。

 質問があれば、答える。」


思いもよらない回答に、思考が一旦停止しそうになる。

自分のような存在が他にもいること、兄がそれらを監視する仕事についていること。

おそらく、妹と言われている彼女もその組織に所属していること。

彼らに僕の経歴がほとんど暴かれていること。

相手が僕よりも1,2歩も先に情報を得ている。


「どうして、僕の経歴がわかったの。

 琉人兄さんは、僕をどうしたいの。

 僕は、保護されたとして、どのような扱いになるの。」


返答次第では、2人を倒してでも逃げないと。

「不老」なんて存在が知れている時点で、ろくでもないことに巻き込まれるのが決定しているのだから。


「まず、1つ目の質問だが、お前の経歴はすべて「これ」で得た情報だ。」

足元に、何か投げられ、後ずさる。

それは1冊の文庫本だった。

「異世界で生き残る方法」作者:筑紫 コキノ


「ただの、本だよね。」

「読めばわかる。」


自分の隙を狙っているのではないかという疑念を抱きながら、とりあえずあらすじが書いてある、裏表紙を見る。

『高校の帰り道、時空の裂け目から異世界へと迷い込んでしまった主人公。

 魔法使いに保護されるも、特異な体質のために世界中から狙われるはめに。

 冒険者、宿屋、教師、傭兵、騎士など、様々な職業に偽装しながら、主人公は世界中を飛び回る。「騎士の復讐」シリーズ、筑紫コキノが送る異世界ファンタジー、新シリーズ、開幕!』


「はぁ?これって、。」

自分に身に覚えのある設定に、思わず声を上げる。

まるで、自分が異世界に行っている様子を覗かれていたかのようだ。


「ちなみに、その本は15巻まで出ている。

 最新刊では、主人公が友人の孫と王国でクーデターを起こして、王国軍に捕まっていた。」


完全に身に覚えがある内容に、体がよろける。


「捕まる前に、友人の孫にわざとおとりになれと言って、味方が扮した兵士に引き渡し、自分はわざと王国軍に見つかって、長い間逃走劇を続けていたと、なんとも涙ぐましい話だったな。」


作戦の詳細を語られ、自分らしくない行動に顔が熱くなる。


「そういえば、友人の孫と別れる前にかけた言葉にこんなものがあったな。

『もし、生き残ったら、一緒に・・


「もういい、もうわかったから。

 それ以上言わなくていいから。

 この本が、俺の、‥僕の異世界での様子を事細かに書いていたことはよくわかったから。」

過去の黒歴史を、丁寧に掘り返されているような気分になり、兄の話を遮ってしまった。

淡々と、話していた兄は、残念そうに僕を見て、隣で話を聞いてた妹は、顔を真っ赤にした僕を面白そうに見ていた。

暑くなった顔を呼吸で落ち着かせて、再び、二人を見据える。


「それで、兄さんは僕の過去を詳細に知ったうえで、僕をどうしたいの。」








 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らの家族は多分おかしい @seikoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る