危機一髪

 お題「危機一髪」……ファイトーーッ! いっぱぁーーつ!(それ違う)


 登場人物は、以前発表した「現実世界でチートする生活「もし、超貧乏人がチートを手に入れたら?」」で登場する主人公「田中一郎」くんです。人知れず、超強化された身体能力で何とかしてくれるでしょう!(笑)

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──「危機一髪」──


 危険なんかとは縁の無い生活を送りたい……世の誰しもがそんなことを漠然と思いつつ生活を送っているだろう。いや、平和な世の中じゃ無意識にしか願ってないのかも知れない……「平和が当然」と平和ボケしたこの世界……否、この国の誰もがそう思ってるだろう。


 だが、一歩暗闇に入れば悪い考えを持つ輩が手ぐすね引いて待っているし、見た目普通の青年が、ちょっとしたことでキレて殴りかかって来ないとも限らない……また、一歩国外に出ればそんな平和ボケした考えでは猛禽類に食い尽くされる、哀れな獲物と化さないとも限らない……。そう、この平和は絶妙なバランスの上に成り立っている、非常に不安定な天秤で成立しているモノなのだ……



「ん?」


 何となく、頭……というか、意識を引っ張られる感覚がする。


「……」


 意識を引っ張られたと感じた方を見ると、道路を介して歩道が見える。その歩道の奥には大きいビルが建っており、上を見上げると壁や窓のメンテナンスを行っている……屋上から吊るされた窓を清掃する為のゴンドラがぶら下がっている。まだ清掃を始めたばかりなのか、屋上からすぐ下の階層の清掃を行っているらしい……


(まさかな……今日は風も強そうじゃないし……)


 危機察知に引っ掛かったのは別の何かだろうか?……と、辺りを見回していると……


ギギギ……ギィ……ブチブチブチ……


 という音が聞こえて来る。ばっ!……と上を見上げると……片側のワイヤーケーブルが千切れ掛けていて、僅かにその分伸びて……


(いけないっ!?)


 だが……現在、田中一郎は大通りの対岸である歩道に居る。そして高層ビルの清掃用ゴンドラは地上14階建てのビルの……13階で作業中だ。実に、40mよりは高いだろう……普通に走っても間に合う高さではない。


 幾らイチロウの脚力でも、階段を駆け上がって屋上から危険だと叫んだ所で間に合うタイミングではない。何より、後数秒でワイヤーケーブルは千切れてしまい……勢いよく宙吊りになったゴンドラから作業員2名は放り出され、そのまま40mと少しの高さから叩き付けられてしまう未来しか見えないのだ。だが……


(このまま2名の作業員が死ぬだけの未来を待つのか?……否!)


 ぐぐぐっ……と、力を溜めてジャンプするイチロウ。そして対岸の歩道まで、一足で着地し……叫ぶ。


「すいません!……後数秒で此処ここに上のゴンドラが落ちて来ます!……大変危険なので近付かないようにお願いします!」


 歩道を行き来する人たちは、「何をいってんだこの既知害が……」みたいな捨て台詞を吐きつつゆっくりと歩いている。そしてその瞬間がとうとう来てしまう……



ギギィ……ブチブチブチ……ぶつん!


「うわぁーーっ!?」


 上から悲鳴が上がる。だが、イチロウにしか聞こえない程の声量だ。


「助けてくれぇーーっ!」


「お母ぢゃ--んっ!」


 上を見上げると、2人の作業員はゴンドラに捕まっているせいか、投げ出されていなかった。


(ちっ……何でも予定通り……とはいかないか)


 瞬時に組み立てた予定ではゴンドラから2人共投げ出されてしまっていて、ゴンドラとビルの壁を起点としてジャンプ+救出というつもりだったのだが……ゴンドラに捕まっている時点で破棄せねばならないようだ……

(だけど……あのゴンドラ毎救い出すことはできないし……多分、数トンはあるだろ?)


 ましてや今は自由落下中だ……加速Gでどれ程の重さになってるかも予想が付かない。どちらにせよ後数秒で地面に激突することを考えると、決断までの時間もそう残っていない……


(はぁ……、弁償とか考えないでできることをするしかねーーか……)


 俺はまずは角度を考えて、ビルの壁にジャンプ。そしてなるべく壊さないようにと壁を蹴ってゴンドラへ着地する。


「どわぁっ!?……き、君は一体?」


 答える暇は無いので彼らが捕んでいるゴンドラの手摺り……それを力を込めて引き千切る。恐らく、恐怖で手摺りを握ったまま離せなくなってると思っての行為だ(無理に離そうとすると、彼らの手を破壊し兼ねないのもある)


「俺に捕まって下さい。手摺り毎で構いませんから。いいですか?……行きます!」


 2人を掴んで半ば強引にゴンドラを蹴ってジャンプ……だが、その瞬間。ゴンドラの着弾位置に……腰が抜けたのか、へたり込む母親らしい女性と、母親に捕まって泣く子供が……


「何やってんだ、馬鹿野郎!」


 正確には野郎じゃないが……そう怒鳴っても仕方ないだろう!


「急ぐんで、じゃっ!」


 恐らくは5階のフロアへ突っ込んだ後……2人を残してから再び外へ駆け出し……窓の上を蹴って加速するイチロウ……


「くっ……そぉ……、間に合えぇーーっ!」


 だが、イチロウはゴンドラを追い越すことには成功したが……2人を抱えてその場を逃げ出すには、1秒足りなかった。流石に40mもの高さから落ちてくる清掃用ゴンドラを弾き飛ばすには膂力もパンチ力も足りない……だが、仮にそんなことをしては、二次被害が発生してしまう……


万事休す……


 そんな言葉が頭を掠め……せめてものと思い、母親と子供の上に覆い被さる。そして……


「身体強化……全開っ!」


 イチロウの体が光り輝き、


どおおおおおんんんっ………………!


 大地震を思わせる地響きと飛び散る土煙。歩道の舗装材が飛び散り、ゴンドラの部品なども砕けて散らばった……そして、もうもうとした土煙が収まって来た頃。誰かが119や110をしたのだろう……おっとり刀で救急車やパトカーが、遠くからサイレンを鳴らしながら近付いて来ていることを知らせていた……



「うっ……痛つつ……って、此処は?」


 視界に映ったのは……


「知らない天井だ……」


 超有名な台詞を口にしつつ、まぁ……何処かの救急病院だろうなと思いつつ、体中がまだ痛いのでもうひと眠りすることにした……。そして、再び目が覚めた時……何やら人の気配がしてることに気付く。


「ん?……あんたは?」


「ああっ!……気付いたんですね。良かった……」


 顔は……見覚えは無いが、体全体のシルエットや髪型で見覚えがある。あの現場で腰が抜けていた……


「えと……その……申し訳ありません」


 と、謝られた。え?……俺、うっかり声に出していた?


「あ、その、すいません……うっかり声に出ちゃうみたいで……」


「いえ……その……」


「お母ちゃんをいじめるなっ!」


 と、子供が母親を庇うように立ち塞がる。


「あぁ……いやごめん。いじめたつもりじゃないんだけどね?」


「文太……申し訳ありません」


「いえいえ……その、感謝の気持ちは受け取りましたんで……」


 という訳で、さっきまで空気を読んで黙っていた医療関係者……多分看護師だろうな……が、2人を促して退室させた。残ったのは……医者と看護師と……警察関係者だろう。


「先に」


「あぁ」


 看護師と医者が刑事らしい人に断り、俺の体を診察するようだ……いや、既に病衣に着替えさせられていたので、その紐を解いてぱぱっと診察するだけなんだが……


「先生」


「あぁ……問題無い。すっかり健康体だ……どういうことなんだ?」


 と、先生と呼ばれた医者が首を捻っている。一体……俺の体はどうなってたというんだ?


「ちょっといいですか?」


「何だね?」


「……此処に運び込まれた時って……俺、どうなってたんですか?」


「「「……」」」


 看護師と医者、そして恐らくその現場を見てたと予想できる刑事が顔を見合わせている。


「……いってもいいが」


「?……何だよ」


「怒らないか?」


「あぁ……」


「ショックを受けないか?」


「いや、聞かないと何ともいえないし……」


「まぁ……そらそうだな」


 それでも、いおうか、いわないか、悩み、頭を掻き、渋々と……口を開き……閉じる。


「私どもから伝えましょうか?」


「いや、私から伝えましょう……」


「そう……ですか」


 そして、重々しく口を開く刑事。


「お前はな……1度、死んだんだ」


「……は?」


「じゃあ何か?……俺は死人? ゾンビだってのか?」


 くんくんと腕の臭いを嗅ぐ。噛み付いてみる……普通に漢臭い臭いだが死臭はしないし、噛んだ後は普通に僅かに赤く歯型が付くだけだ。生者の証拠ともいえよう。


「はぁ……早まるな。ちゃんと説明するから!」


 その説明は何とも分かり難く、恐らく刑事の主観で語ってるので他人からは理解し難いのだが……要は、



◎ゴンドラと衝突した衝撃で、体が半ば破壊されていた

◎親子はそのお陰で少々の擦り傷を作ったくらいで済んだ

◎俺の体を回収した当時は絶対死んだと思われていたが……

◎病院に収容して手術室に運び込んだ時点で、重症といった程度まで回復していた

◎手術台の上でみるみる回復していく体。何もできない医者たちは天を見上げてこう呟いたという……

◎「我々は奇跡をを見せつけられているのか?」と……



 長い長い、全部聞いてから理解するまで時間が掛かる話しを聞き終え、


「わかった」


 と一言。イチロウは返した。そして、


「それでも……あの親子の命は危機一髪で助かったがな……お前も、命が助かったのは同じことがいえるんだぞ?」


「あぁ、はぁ、まぁ、そう、ですね……」


 そして、ぽいっと放られた携帯電話スマホ……バウンティ・ハンターを証明するゴッド・アイテムだ。


「忘れもんだ。つか、そのスマホ、凄い頑丈だな?」


 ゴンドラが衝突してもぶっ壊れないのだから、感心していったのだろうが……


「そりゃま、神さま謹製ですからね……」


 胡散臭い顔しながら、刑事はスマホと俺に視線を往復させたが。


「ふぅーーん、そっか」


 といい、


「退院したら出頭な?」


 と、最後に爆弾を置いて出てったのだった……


━━━━━━━━━━━━━━━

イチロウ「マジか……」

※普通に調書を取るだけで解放されたけども(笑)(バウンティー・ハンターの身分もあって、簡易的な措置で済んだ模様)

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