第21話 愛すべきポンコツ姫

「ちなみにこの件、他に知ってるヤツはいるのか?」


「いや。今のところ駿だけだ。内緒にしてくれ」


「当たり前だろ。蒼斗が三津山の家に居候してるなんてみんなが知ったら大騒ぎになるからな」


「すいません。よろしくお願いします」


 美鞠は深々と頭を下げた。


「事情はわかったけど、よく蒼斗を泊めようなんて思ったね」


「ええ、まあ……蒼斗くんは誠実そうな人ですし」


「蒼斗が誠実!? 親友の俺でも知らなかったよ」


「おい」


 まあ駿が不思議に感じるのも無理はない。

 家事ができないとか、モデルをしているとか、その辺の説明を省略してしまっているので、どうしても違和感が出てしまう。


「そもそも三津山がよくても、親はなんにも言わないのか?」


 当然抱くであろう疑問を駿がすると、美鞠は硬直してしまった。

 美鞠が一人暮らしだということも駿は知らない。


「あ、悪りぃ。なんか立ち入ったこと聞いちゃって。忘れてくれ」


「いえ。大丈夫です。実は私は一人暮らしをしてるんです」


「は!? なにそれ!? じゃあ二人きりで蒼斗と暮らしてるってこと!? もうこれ以上情報増やすなよ」


 一旦は落ち着き始めていた駿が再びパニックになる。

 さすがに情報量多すぎだよな……


「私と父に確執がありまして」


「いや、もういい。深く聞いたら頭がパンクしそうだから。今日のところはやめておく」


 駿は落ち着くためにお茶を飲み、部屋をぐるりと見回した。


「……なるほど。家事は蒼斗がしてるんだな」


「えっ!? なんでわかったんですか!?」


 美鞠は目を丸くして驚く。もちろん俺も驚いた。


「部屋の片付け方が蒼斗っぽいんだよ。百均グッズで書類や本をまとめたり、この麦茶だって蒼斗が作った味がする」


「すごい……分かるんですか」


「まぁな。親友だから」


「すげぇな、駿」


 麦茶なんて誰が作っても同じ味だと思うけど。

 そんな気持ちになり、俺と美鞠が改めてお茶を飲む。


「もしかして三津山って家事がまるで出来ないタイプ?」


「ぶはっ!?」


 あまりに図星をつかれ、美鞠は噎せてお茶を吹き出していた。

 そんなリアクションしたら、もう誤魔化しようもないだろ……


「な、ななななななんでそう思われたんですか?」


「だって元々きれいなら蒼斗流に片付けなんてしないだろ。蒼斗が整理整頓をしたってことは、元々散らかってたんだろうなって」


 論理的な推測を聞かされ、美鞠はもはやうなずくしかなかったようだ。


「ええ、お恥ずかしながら、実はそうなんです」


 美鞠が家事無能をカミングアウトすると、駿は愉快そうに笑っていた。


「そんなに笑ってやるなよ、駿」


「ごめんごめん。でも三津山にも欠点があったのが嬉しくて」


「なんで嬉しいんですか」


「だって三津山ってなんか完璧すぎて近寄りがたかったから。親しみが湧くっていうか」


「全然完璧なんかじゃありませんから、私」


「そうそう。案外ポンコツなんだよ」


「ポンコツは言い過ぎです!」


 美鞠は拗ねたように俺を睨んで膝を叩いてくる。

 駿はニヤニヤしながら俺たちを見ていた。


「なんだよ?」


「なんかこういう蒼斗って珍しいなって」


「? どういう意味?」


「いや、なんでもない」


 なにが珍しいというのだろうか?

 変なことを言う奴だ。


「あ、もしかして最近話題の三津山の弁当も、もしかして蒼斗が作ってるとか?」


「……はい」


「やっぱりなぁ」 


「やっぱりってなんだよ?」


「一回チラッと見たとき、なんか蒼斗のメニューと似てるなって思ったんだよ。もしかして匂わせだった?」


 そういえば運動会のとき、駿がなにか言いたそうな顔をしていたのを思い出す。

 うっすら怪しまれていたと知って、妙に恥ずかしくなった。


「んなわけないだろ! まったく同じにならないように変化を加えていたし」


「私が料理出来ないこともご内密にお願いしますっ」


 あたふたする俺達を見て、駿は更にニヤニヤする。

 まるで楽しんでいるようだ。

 こんな奴だったか、駿……



 駿が帰ったあと、妙に疲れて俺たちはぐったりしていた。


「すいません、蒼斗くん。勝手に私が駿くんにカミングアウトしてしまって」


「別にいいけど。でもなんで駿に本当のことを言ったんだ?」


「蒼斗くんも親友に嘘をつきたくないだろうなって思ったからです」


 俺が思っていたことをずばり言い当てられ、ドキッとする。


「優しい蒼斗くんですから、本当のことを言えば私に迷惑がかかると思ったんですよね?」


「優しいって言うか……常識だろ」


「そうでしょうか? 親友相手なら言っちゃう人って多いと思いますよ」


 言われてみればそうかもしれない。

 ましてや完璧美少女と名高い美鞠と同居してるなんて、人によっては聞かれてもいないのに吹聴してしまうだろう。


「美鞠も野乃花とか親友に言いたくなるのか?」


「うーん……隠している罪悪感はありますけど、言いたいとは思いません」


「どうして?」


「野乃花ちゃんはすごく心配性なんです。男子と同居してるなんて知ったら絶対反対されますから」


「あー、確かに」


 野乃花は美鞠に群がってくる男をことごとく追い払ってガードしている。

 中には美鞠じゃなくて野乃花に気があって寄ってくる男子もいるのだが、野乃花はそれも美鞠のファンだと勘違いしてるみたいだけれど。


「あー、なんだかホッとしたらお腹空いてきました。今日の夕飯はなんですか?」


「ホッとしなくても美鞠はいつもお腹空いてるだろ」


「バレましたか」


 美鞠は舌を出してとぼけた笑みを浮かべる。

 学校では見せたことない表情だ。

 やっぱり美鞠は完璧美少女なんかじゃない。

 愛らしいポンコツ美少女だ。

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