第20話 駿へのカミングアウト

 夏が近付き、教室は期末テストに向けてやや緊張が出てきた。

 朝から自習をするヤツが増えたし、雑談をしている人も授業内容について話している。


 美鞠たちがテスト範囲の話をしていると、男子の数人が近寄っていく。


「あー、テストまじで憂鬱」

「三津山さん、勉強教えてくれよー」


 男子たちが近寄ってくると、美鞠はビクっと怯えたように野乃花の影に隠れる。


「なんで美鞠があんたらに勉強教えないといけないのよ。自分たちで勉強して」


 野乃花はシッシッというジェスチャーで男子を追い払う。

 美鞠は視線を逸らし、聞こえなかったかのようにやり過ごしていた。

 お姉さんに『男性に免疫がある』なんて偉そうに言っていたくせに、まったく会話もできないレベルである。


「なあ蒼斗」


「うわっ、びっくりした。なんだよ、駿」


 いきなり背後から声をかけられてビクンッとしてしまった。


「びっくりしたのは俺の方だ。蒼斗、お前んち引っ越したのか?」


「えっ……」


「この前お前んち行ったら誰もいなかったぞ。夜になっても真っ暗だし」


 やばっ……

 駿にはいずれ言わなきゃとは思っていたが、言いそびれているうちにバレてしまった。


「ちょっといいか、駿」


 流石にクラスで話すことではないので、校舎の隅に移動して説明した。


「夜逃げしたっ!?」


「ああ、息子を置いての夜逃げだ。まあ昼間に逃げたから昼逃げか」


 アハハハと笑ってみせたが、案の定駿はまったく笑わなかった。


「マジかよ、それ」


「マジだ、マジ。大真面目な話だ」


「前から蒼斗の親はヤバいと思っていたけど、最悪だな」


「だろー? でもこれであいつらと関係が切れたならむしろラッキーだ。このままだったら俺が働き出したら給料を巻き上げられるのは目に見えていたからな」


 もう一度笑ってみせたが、やはり駿は笑わない。

 というか完全にブチギレていた。


「それで今どうしてるんだよ」


「それは……」


 親が夜逃げしたことは元々話すつもりだったが、美鞠の家で世話になっていることは隠すつもりだった。

 親友を騙すのは忍びないが、美鞠に迷惑をかけられない。

 しかし適当な嘘が思いつかないため、今まで話しそびれていた。


「バイトをしてて……それで、そこに住み込みというか……」


「住み込みのバイト?」


「私の家に来てもらってます」


 突如美鞠がスッと現れた。


「美鞠っ……」


「三津山っ!? えっ!? 蒼斗が三津山の家に!? どういうこと!?」


「すいません。教室でお二人の話が聞こえ、ついてきちゃいました」


 美鞠はペコっと深く頭を下げた。


「それはいいんだけど……なんで蒼斗が三津山の家に──」


 駿の疑問をチャイムが掻き消す。


「複雑な話になりますので、放課後、私の家でご説明します」


「お、おう……」


 学校では出来ない話だということは駿も理解してくれているようで、その後は一切その話題をしないで過ごしてくれた。



「ここが三津山の住むマンションか」


「ああ。誰かに見られる前に行くぞ」


「そうだな」


 まだ半信半疑のようだった駿だが、俺が部屋の鍵を持っているのを見て信じたようだった。


 家に入ると既に美鞠は帰っていた。

 いつものようにジャージではなく、制服姿のままでホッとする。

 これ以上説明内容を増やしたくないからな。


「わざわざお呼びしてしまい、すいません」


「いや、それは全然構わないんだけど」


 普段は飄々としている駿も流石にこの展開には驚いている様子だ。


「俺が美鞠の家に居候させてもらった経緯は──」


 説明しようとすると、美鞠が手のひらを向けて俺を制した。


「いえ。私からご説明させてもらいます。なぜ私の家に蒼斗くんが来てくれているのか、を」


 美鞠は辛いことは思い出さなくていいですと言わんばかりの優しい笑みを浮かべていた。

 その優しさに少し胸が熱くなった。


 美鞠は公園で出会ったことから話し始め、俺が居候するまでの経緯を説明する。

 ……しかしえぐり取るように自らが片付けもできないくらい家事が苦手なことや、俺に同人誌のデッサンモデルをさせていることを伏せてやがった。

 自分から説明したかったのはそういうわけか。

 ……まあ別にいいけれど。


「かなり衝撃的な内容だな」


 経緯を理解した駿は驚きながら頷く。

 この上、実は美鞠がポンコツだと知ったらもっと驚くことだろう。


「これまで黙ってて悪かったな」


「それは仕方ないだろ。三津山の家に居候してるなんて、ふつう言えないだろうから」


「まぁな」


 さすが駿だ。

 理解があって助かる。

 美鞠もホッとした顔で微笑んでいた。


「それに疑問に思っていたことが一つ解決したし」


「なんのことだ?」


「最近蒼斗が妙に三津山を見てるなって思ってたんだ。好きになったのかと思っていたけど、そういう事情だったんだな」 


「親友だったら俺がそんな身の程知らずの片想いなんてするはずがないことくらいわかるだろ。なあ美鞠」


 ケラケラ笑いながら美鞠を見ると、怒ったようにプイッと視線をそらされた。

 駿に勘付かれていたことに怒っているのか?


 駿といい、美鞠といい、どうも今日の俺はスベり倒している。







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