第19話 男性慣れ
美琴さんに恋人ではないということを理解してもらうのには、その後十分ほどの時間が必要だった。
まあそれでもまだ半信半疑といった感じだったけど。
「私のことよりお姉ちゃんはどうなの? 彼氏出来た?」
「わ、私はまだ……だって幼稚園からずっと女子校なのよ。大学だって男性は先生だけだし」
美琴さんは姉としての威厳を保とうとしつつ、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「カッコいい准教授とかいないの?」
「そんなのは空想の世界だけ。みんなお年を召した方ばかりよ」
話を聞いていると、どうやら美琴さんは大学一年生らしい。
幼稚園から大学までの一貫制の女学校に通っている箱入り娘のようだ。
喋り方も品があって、いかにもお嬢様といった感じがする。
美鞠も中学までは姉と同じコースを歩んでいたのだろう。
「大学生はコンパとかあるんじゃないの?」
「お友達は行ってるみたいだけど、私はちょっと」
「お父さんに怒られるから?」
「それもあるけど……男性と喋るのが苦手で」
お嬢様によくありそうな話である。
あまり異性に面識がなさすぎるのも問題だな。
「あ、でもさっき俺と二人きりで話していたときはちゃんと話せていたじゃないですか?」
「あ、あれは男性というより不審者さんと話しているって感じでしたから」
美琴さんはチラチラとこちらを見ながらうつむき加減でそう言った。
言われてみれば不審者の疑惑がなくなってからは、ほとんど俺の目を見ずに話していたな。
「でもまあ、お姉ちゃんの気持ちも分かるな。私も中学までは男の人と喋れなかったし」
「そうよね。鞠ちゃんは男性店員さんとすら会話できなかったもの。お店の人もずいぶん困っていたのを思い出すわ」
「へぇ。そうなんですね」
「もう、お姉ちゃん! 昔の話なんかしないで。今は普通に男子とも仲良くお喋りしてますから! お姉ちゃんと違って」
美鞠は勝ち誇った顔をしているが、あまり学校で男子と会話をしているのを見たことがない。
美鞠の言う『男子』とは、ほぼ俺のことなんだろう。
「ううっ……確かに。私には男の子と暮らすなんて無理だもんね」
「そうでしょ。『彼女は昔の彼女ならず』よ。今や私の方がお姉ちゃんより男性慣れした大人のレディなんですから」
「だ、男性慣れって……まさか鞠ちゃんっ……」
美琴さんは驚愕の顔で美鞠を見詰める。
またろくでもない想像をしているに違いない。
「そ、その、えっと……キ、キキキキキス、したとか!?」
美琴さんがそう訊くと美鞠は顔を真っ赤にさせた。
「ま、まさか! 男性慣れってそういう意味じゃないから、もう! 男の子ともちゃんとお喋りできるって意味」
「あー、びっくりした……」
低い……
低レベル過ぎる……
今どき小学生でももう少し進んだ会話をするんじゃないだろうか?
「それにしても美琴さん、俺が美鞠と同居しているってお母さんから聞いてなかったんですか?」
「いえ、なにも聞いてません。っていうかお母さん知ってるの?」
「お姉ちゃんと同じようにいきなりやって来てバレた」
「バレたって……お母さん怒らなかったの?」
「驚いてはいたけど、怒りはしなかったよ」
美鞠は平然と答えるが、美琴さんはかなり驚いている。そりゃそうだろう。
「同級生と一緒に暮らすなんて、そんなことお母さんが許してくれたんだ……」
「私が家事できないからむしろ安心だって」
「美鞠は合気道の達人だから心配ないとも言ってました」
「あー、そうね。美鞠は護身術が上手いから。私は全然上達しなかったけど」
美琴さんは納得したように頷く。
姉も母も安心するんだから、美鞠は相当強いんだろう。
間違っても美鞠に変な気を起こすのはやめておこう。
「お母さんはいいとして、問題はお父さんよね。もしお父さんが知ったら大変なことになりそう」
「別にお父さんは関係ない。私の人生は私が決めるの!」
「またそんなこと言って。鞠ちゃん、いい加減仲直りしたら?」
「仲直りとかそういう問題じゃないの。私はなんでも自分の思い通りにしようとするお父さんとは暮らせないから家出したんだから」
頑なな美鞠を見て、美琴さんは力なく笑った。
美鞠と父親の溝はなかなか深いようだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます