第18話 生真面目すぎる姉

 風邪が治った美鞠が登校すると、心配していたクラスメイトに囲まれた。


「おかえりー、美鞠!」


「もう大丈夫なの?」


「心配したよ。元気になってよかった」


 男子も女子もみんなで美鞠に声をかけている。

 相変わらずの人気者だ。

 美鞠は微笑みながらみんなの心配に感謝していた。

 さすがは美鞠だな。俺なんて休んでいたとしても、親友の駿以外は気付きもしないだろう。


 お昼休み、美鞠はいつものように野乃花たちと食事をしていた。


「すご、美鞠! 病み上がりなのにそんなに凝った料理作ってきたの!?」


 野乃花が驚いて美鞠のお弁当を覗き込み、俺はギクッとした。


「え、ええ、まあ……少し早く起きまして……」


「流石は美鞠。完璧人間ね」


「やめてくださいよ、野乃花ちゃん。そんなことないです」


 迂闊だった。

 これからはきちんと美鞠の状況も考えて弁当も作ろう。


「美鞠の弁当が気になるのか?」


 駿がニヤニヤしながら俺を見る。


「んな訳ないだろ」


「心配すんな。どれほどのもんか知らないが、絶対蒼斗の方がうまいって」


「そ、そうだよな。うん。俺の方が上手に決まってる」


 そんな心配はしてないのだが、駿の勘違いを利用させてもらう。



 夏が近づき、放課後も汗ばむ陽気だった。


(そういや最近バタバタしてて体動かしてなかったな)


 そんな思いで軽く走って帰宅すると、家につく頃は汗だくだった。

 そのままだと気持ち悪いので、すぐにシャワーを浴びる。


 「あー、気持ちいい。生き返る」


 冷た目のシャワーを顔面に当てると、火照った身体が冷えていく。


「美鞠、風邪は治ったの?」


「へ?」


 ドアの向こうから突然声をかけられ、血の気が引く。


 そして擦りガラスの向こうに人影が映る。


「わっ!? ちょ、ちょっと待ってっ!」


 隠れるところなんてどこにもない。

 落下する人が反射的に頭を押さえるように、俺は両手で股間を隠していた。


 次の瞬間浴室のドアが開き、美鞠を少し大人にしたような女性が笑顔を凍らせてこちらを見ていた。


「あの、いや、これは……」


「きゃあああっ!」


「違うんです、聞いてくださいっ!」


「近寄らないで、泥棒さん! 変質者さん! お巡りさーん!」


「落ち着いてくださいっ! これには理由があって」


 腰にタオルを巻き、逃げる女性を慌てて追いかける。

 あまりに怖かったのか、女性は足を縺れさせ転んでしまった。


「こ、来ないでぇー!」


「誤解なんです!」


 必死で説明し、落ち着いてもらう。

 なんとか理解してもらったところで急いで着替え、ようやく裸状態を脱した。


 理解はしてくれたようだが女性はまだかなり警戒しているようで、俺から遠く離れたところに座る。


「つまりあなたは鞠ちゃんの同級生なのね」


「はいそうです。えーっと……あなたは?」


「私は鞠ちゃんの姉の美琴です」


「あー、お姉さん」


 そういえば美鞠に姉がいるというのは以前聞いたことがある。

 確かに見た目がよく似ていた。


「なんで同級生の男の子が鞠ちゃんの部屋にいるの? しかもシャワーまで勝手に浴びて」


「それには理由がありまして」


「はっ!? 分かりました! あなた、鞠ちゃんを誑かしているんですね!」


「誑かす!? 違いますって」


 美琴さんは嫌悪に満ちた瞳で俺を睨む。

 結構思い込みが激しいタイプなのかな……

 どうしたらいいんだ。

 頼む、美鞠。早く帰ってきてくれ。


「ただの同級生のお友達が勝手に家に入ってきてシャワーを浴びているなんておかしいわ」


「うん、まあ……おかしいですよね」


 最近は流石に慣れてきたが、俺だっておかしな状況だとは思っている。


「ただいまぁ。あー、疲れました。ずいぶんと暑くなってきましたね」


 美鞠がのんきに帰宅してきたので、俺たちは慌てて玄関に向かう。


「鞠ちゃん!」

「美鞠!」


「えっ!? お姉ちゃん!? なんでここにっ……」


 美鞠はびっくりした顔で俺達を見る。

 その表情は先ほどの美琴さんの顔にそっくりだった。



「──っていう経緯で蒼斗くんには私の家に泊まってもらってるんです」


 説明が終わると美琴さんは涙を滲ませた目で俺を見た。


「ごめんなさい。事情も知らずに泥棒さんとか、変質者さんとか、鞠ちゃんを誑かしているとか言って」


「い、いえ。普通そう思いますよね」


「まったく。お姉ちゃんは思い込みが激しすぎるんだから」


「だって……ごめんなさい」


 普段は頼りない感じの美鞠が、やけにしっかり見える。

 どちらが姉なのか分からないくらいだ。

 美琴さんは美鞠より更に輪をかけてポンコツなのかもしれない。


「ご両親が失踪されるなんて、本当に大変だったんですね」


「いや、まあ……元々ろくでもない人たちだったんで、縁が切れてホッとしてますよ、正直な話」


「気丈な方ですね。鞠ちゃんもこんな素敵な彼氏が出来て、よかったです」


「は!? いやいや、彼氏じゃないです」


「もう、お姉ちゃん! やっぱり勘違いしていた!」


「え? 彼氏じゃないの?」


 美琴さんはキョトンとしている。


「お姉ちゃんは全然人の話聞いてないんだから」


「だって恋人じゃないのに同棲してるって変じゃない?」


「「同棲じゃなくて共同生活です」」


 俺たちは声を揃えてツッコむ。

 美琴さんは美鞠が呆れるのも無理はない天然ぶりだ。


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