第17話 ベリー☆シャス!

「なにがおしまいなんだ? まさか、美鞠……っ!」


 なにか不治の病に罹患していて、それが発症したとかなのだろうか?

 美鞠は顔を上げ、まつ毛が涙で濡れた目で俺を見る。


「蒼斗くんに私の部屋を見られました……軽蔑してますよね?」


「は……? ま、まあ、見たけど。でも美鞠の容態が心配で、部屋の様子なんてそんなに細かく見てない」


「本当ですか?」


「ああ。壁のあちこちにポスターを貼ってるのを覚えてるくらいだ」


「見てるじゃないですかっ!」


 美鞠はまたブワッと泣き出してしまう。


「な、なにが問題なんだよ? 別に今さら美鞠がアニメのポスター貼ってることくらい驚かないし」


「気持ち悪いですよね、私」


「そんなこと思うかよ。全然気持ち悪くなんてない。他人の趣味を笑うような最低の奴じゃないぞ、俺は」


 別にアニメが好きだって、まったく気持ち悪くなんてない。


「本当に軽蔑してないんですか?」


 美鞠は赤い目で恐る恐る俺を見る。


「当たり前だ。俺を信じろ」


「ありがとうございます。蒼斗くんが優しくて理解のある方でよかったです」


「大袈裟だな。むしろ美鞠が好きな作品のことを俺も知りたい」


「えっ……それは少し恥ずかしいです」


 なぜか美鞠は顔を赤らめて照れていた。


「別に恥ずかしいことなんてないだろ」


「分かりました。では一緒に円盤を観ましょう」


「円盤?」


「ああ、DVDのことです」


 美鞠は風邪を引いて寝てなきゃいけないので、『円盤』は美鞠の部屋で観賞することとした。


「この『ベリー☆シャス!』が私のお気に入りの作品なんです」


「ベリーシャス? 料理の話なのか?」


「いいえ。サッカーのお話です」


 よく見ると部屋に貼られたポスターはみんなその『ベリー☆シャス!』のものだった。

 キラキラした美少年が二人描かれている。

 恐らく主人公とその親友なのだろう。


「『ベリシャ』は三期まであるし、劇場版もあるから、今から観始めると徹夜になるかもしれませんがいいですか?」


「いいわけないだろ。美鞠は風邪なんだぞ。一話だけだ」


 ベリー☆シャス!はまったくサッカー経験のなかった主人公が高校生からサッカー部に入る話だった。

 めちゃくちゃ足が速くてひたすらディフェンダーの裏を抜けてゴールを狙う主人公と、天才的なキック精度を持つライバルがぶつかり合いながらも親友になっていく話らしい。


「で、この二人がはじめて息が合うエピソードっていうのがまたよきでですね」


「ちょっと待て、美鞠。そんなに次々ネタバレするな。観る楽しみが減るだろ」


「あ、そうでした。すいません。つい熱くなりまして」


 美鞠は恥ずかしそうに笑う。

 それにしても美鞠はなんでこの作品が好きだとバレてあんなに焦っていたのだろう?

 男子向けっぽいけど、ごく普通の爽やかな青春アニメだ。

 隠すような類のものではない。


「もうお気づきかと思いますが、主人公の青葉くんと蒼斗くんはそっくりなんです」


「は? いやいや、全然似てないだろ」


「そっくりですよ。鋭い目つきとか、シャープな輪郭とか、孤独をまとったオーラとか」


「なんだそれ? 全く似てないだろ。似てるのは名前くらいだ」


「そしてライバル兼親友の翔くんは、蒼斗くんの親友の駿くんにそっくりなんです」


「あー、そっちはまあまあ似てるかも」


 言われてみれば翔と駿は似ていなくもない。


「実はこうして蒼斗くんと仲良くなる前から、似てるなーって思っていたんです……やっぱり引きましたか?」


「いや、驚いたけど引いてはいない」


「本当ですか?」


 美鞠は疑わしそうにジィーっと俺を見る。


「本当だって。そんな目で見るな」


「だから一度デッサンのモデルになって欲しいなぁって思っていたんです」


「なるほど。それで俺にモデルをさせていたのか」


「はい。ラッキーでした」


「もしかして美鞠の書いてる同人誌ってこの『ベリー☆シャス!』の二次創作なのか?」


「え、ええ……まあ……」


「へぇ。ちょっと読ませてよ」


「そ、そそそそそれは無理ですっ!」


 美鞠は突然顔を真っ赤にして布団をかぶってしまう。


「なんか具合が悪くなってきました。おやすみなさい」


「大丈夫か?」


「寝てたら治りますんで、お気遣いなく!」


 元気良さそうなのでちょっと無理をさせすぎてしまった。

 反省だな。


「おやすみ。なにかあったらスマホのメッセージでいいから連絡して」


「ありがとうございます。おやすみなさい」


 美鞠の部屋を出て、夕飯の片付けや掃除をする。


「ベリー☆シャス、か」


 スマホで検索して、改めてその主人公を確認する。

 やはり似ているとは思えないが、言われてみればほんのりと雰囲気だけは近いものを感じた。


 まさか世話になる前から美鞠が俺をモデルにしたいと気にかけていたとは思わなかった。

 運命とは不思議なものである。



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