第16話 美鞠の看病

 梅雨の季節がやって来て、雨の日が続いた。

 傘が手放せない毎日の中、うっかり者の美鞠はある日傘を忘れてずぶ濡れで帰ってきた。

 そしてその翌朝──


「なんだか頭がボーッとして、寒気がします」


 美鞠はフラフラしながらリビングにやって来た。


「風邪引いたのか? うわ、すごい熱だ。寝てなきゃ駄目だ」


「すいません。では今日は学校休みますんで」


「俺も休んで看病する」


「それは駄目です。蒼斗くんは学校に行ってください」


「そうはいかない。俺は美鞠の身の回りのお世話をするのが仕事なんだから。一緒に病院に行こう」


「本当に大丈夫です。ただの風邪ですし、寝てたら治りますから。絶対学校には行って下さい。一人のほうがゆっくり寝られますし」


 美鞠の意志は固いようだ。


「そこまで言うなら仕方ない。ちゃんと寝てるんだぞ」


「もちろんです」


「漫画描いたりゲームするのも禁止だからな」


「わかってますよ、もう。子供じゃないんですから」


 美鞠はふらふらとした足取りで自室に戻っていく。

 ちょっと心配ではあるが、まあ美鞠の言う通り、同級生の男子がいるよりゆっくり寝られるだろう。


 もしかすると美鞠も俺の存在で気を遣って疲れが溜まっているのかもしれない。

 やはりいつまでもお世話になるのは問題かな……



 美鞠が休みだと、気のせいかクラスもいつもよりどんよりしている。

 俺は授業中も美鞠の症状が気になり、集中出来なかった。


「美鞠、風邪だって」


 野乃花が昼休みに友達とそんな会話をしているのが耳に届いた。


「みんなでお見舞い行かない?」


 女子の一人がそう言うと、男子たちが色めき立つ。


「あ、俺も行く!」

「俺も俺も!」


 男子たちが半分本気な顔でふざける。

 マジかよ!?

 そんなことされたら俺が居候しているのがバレてしまうだろ!ふざけんな!


「美鞠は風邪で寝てるんだよ。押しかけたら余計悪くなるでしょ。看病は家族に任せてそっとしておこう」


 野乃花がぴしゃりと叱り、騒ぎが収まった。

 流石は野乃花だと心の中で感謝した。



「ただいまー」


 家に帰っても美鞠の声がしない。

 寝てるのだろうか?

 部屋を軽くノックすると、「ううっ……」という微かなうめき声が聞こえた。


「大丈夫か、美鞠!? 入るぞ」


 これまで美鞠の部屋はプライベートの聖域ということで立ち入ったことはなかった。

 しかし今はそんなことを言ってられない。


 美鞠は布団を被り、ベッドの上でうなされていた。


「大丈夫か、美鞠」


「蒼斗くん……ごめん。頭がぽーっとして」


「やっぱり病院に行こう」


 見るからに辛そうな美鞠を見ていて、心配になる。


「実は具合が良くなくて一人で行ったんです。風邪らしいんですけど」


「そうか。吐き気は?」


「大丈夫です。寒気と頭痛です。伝染るといけないんで、私のことは無視しておいてください」


「そんなこと気にするなって。薬は飲んだか?」


「薬は……ええっと、まだ……」


 なぜか美鞠は顔を半分布団に隠し、恥ずかしそうに答える。


「いま水を持ってくるから」


「あ、いえ、その……私、おくすりを飲むのが苦手でして、その……」


「苦手でも飲まなきゃだめだろ」


「そ、そうじゃなくて……あの……お尻から入れるお薬で処方してもらったんです」


「お尻から……あ、ああ、座薬か。そうなんだ」


 心配するあまり、美鞠に余計な告白をさせてしまった。


「でもお水は飲みたいです」


「よし、分かった」


 水と共に着替えやタオルも持って持っていく。


「汗かいたら着替えろよ」


「はい。ありがとうございます」


 俺がいると休めないだろうから退室し、夕飯の準備にかかる。

 吐き気はないそうなので食べられるだろうが、消化がいいものにしなければいけない。

 やはりこういうときの王道はお粥だ。

 食べやすいように梅を練ったものも添えておく。


「具合はどう?」


「はい。ありがとうございます。先ほどよりはマシになりました」


「夕飯は食べられそう? お粥作ってみたんだけど」


「お粥くらいなら行けると思います。ありがとうございます」


 美鞠は上着を羽織ってダイニングへとやって来る。

 先ほどより少しは顔色がいい。


「無理するなよ。少しだけでもいいから」


「朝からなんにも食べてないので、お腹は空いてるんです」


 美鞠は匙でお粥を掬い、フーフーと冷ましてから口へ運ぶ。


「あ、美味しいです」


「それはよかった。美味しいと感じられるなら、だいぶ良くなってる証拠だ」


「お粥まで作れるなんて、蒼斗くんは本当にレパートリーが広いですね」


「大袈裟だな。お粥なんて大したことないから」


 美鞠は嬉しそうに微笑んでいた。

 一日中寝ていたから寝癖がついているけど、それもなんか愛嬌があって可愛らしい。


 お粥を食べて少しは具合も良くなったかと思いきや、美鞠はどこか浮かない表情だ。


「どうした、美鞠。また具合が悪くなってきたのか?」


「もう、おしまいです……」


「えっ、美鞠? どうしたんだよ!?」


 突如美鞠はポロポロと大粒の涙をこぼし始めてしまった。


 いったいなにがあったんだ!?




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