賑やかな日々
第15話 森林浴
体育祭の翌日。
美鞠は朝からパジャマのままでソファーに寝転び、漫画を読んでいる。
俺は片付けをしたあと、掃除機をかけていた。
ギャグ漫画でも読んでいるのか、時おり「くくくくく」と変な笑い声を上げている。
どうでもいいがハーフパンツのジャージが短いのか、背中やパンツの腰ゴム辺りがチラチラ見えるのは勘弁してほしい。
「休みの日だからってだらけすぎじゃないのか?」
「昨日は体育祭ですよ。全身バキバキなんで今日はゴロゴロするんです」
「一日中漫画読んで過ごすつもりか?」
「そうですよ。よくするんです。良かったら蒼斗くんにも漫画貸してあげます。あ、そうだ。蒼斗くんにオススメの作品があるんです」
「漫画もいいけど、こんないい天気なんだし出掛けないか?」
「えー、面倒くさいですよ。疲れた日はゴロゴロ漫画、これに限ります」
見た目は清楚なお嬢様な美鞠だが、中身はヒキニートという安定の残念さだ。
「疲れなくて素敵なスポットがあるぞ」
「そんなところがあるんですか?」
美鞠はキョトンとした顔で俺を見上げていた。
バスに乗ってやって来たのは森林公園だ。
都心部から近いのを忘れさせてくれるくらいに静かで緑豊かなところだった。
美鞠はジャージからお出かけ用のワンピースに着替え、可愛らしい麦わら帽子を被っている。
こうして見ると流石にお嬢様だ。
「まさか山登りとかしないですよね?」
「安心しろ。そんなハードなことを美鞠にはさせない」
最近気温がぐんぐん上がってきていたが、森林は涼しく心地いい。
吹いてくる風も澄んでいて気持ちよかった。
「いいところですね。なんだか癒やされます」
「だろ?」
インドア派の美鞠でもこの初夏の心地よさは理解できるようだ。
「ここで何をするんでしょうか?」
「森林浴だよ。何にもしない。ただ静かにボーっとするだけ。本を読んでもいいし、鳥の鳴き声や風が木の枝を揺らす音を聞いていてもいい。芝生があるから昼寝をしたって構わないよ」
「それなら私にも出来そうですね」
家の中でダラダラするのと変わらないが、自然の中の方が俺はスッキリする。
子どもたちが遊ぶわんぱく広場を横目に通り過ぎ、バーベキュー場を抜け、人気のない小川の辺へと辿り着く。
「この辺でお昼ご飯にしようか」
「賛成! お腹すきました!」
レジャーシートを敷き、作ってきていたおにぎりとおかずを広げる。
「美味しい! 自然の中で食べるとより一層美味しいですね!」
「そんなに喜んでもらえると作ってきた甲斐があるよ」
食後は木陰で腰掛けて川の流れをぼんやりと眺める。
「こんな素敵なところを教えてくださり、ありがとうございます」
「俺も久しぶりに来たよ。変わんないなぁ」
「子どもの頃に家族で来られたんですか?」
「いや、以前話した蓮見先生っていう小学校の担任に連れられて来たんだ」
夏休みでもどこにも遊びに行かない俺を気遣って、蓮見先生先生はここに連れてきてくれた。
虫を取ったり、川で遊んだり、わんぱく広場で遊んだり。
その宝物のような思い出を美鞠に聞かせた。
「素敵な先生だったんですね」
「ああ。いい人だった」
「今でも連絡を取り合ってるんですか?」
「手紙でやり取りしてたんだけど、中学になって忙しくて手紙を書くのをやめちゃったんだ」
自分の都合で不義理を働いてしまったことを悔いて、胸がチクリと痛む。
「また手紙を書けばいいですよ」
「そうだな……今度書いてみる」
「ご両親の方は、その後連絡ありましたか?」
「いや。まあ、あいつらは連絡先が分かっていても無視するけどな」
笑いながらそう言ったが、美鞠は悲しそうに顔を伏せてしまった。
「すいません。嫌なことを思い出せてしまって」
「別に。俺としてはあいつらと縁が切れてよかったと思ってるよ」
ゴロンと寝転がり、木々の隙間から青空を見上げる。
美鞠は鞄をゴソゴソとさせて、メモ帳とノートを取り出した。
そして俺を見ながらペンを走らせ始めた。
「ちょ、こんなところでもスケッチかよ」
「森林浴はなにをしててもいいんですよね」
「まあそうだけど」
「せっかくなんだから蒼斗くんの寝顔を描きます」
仕方なくそのまま目を閉じる。
はじめは美鞠に観察されていると思って気が散ったが、いつの間にか寝てしまっていた。
目を覚ますと、既に日が暮れ始めていた。
「あ、ヤバ……」
慌てて起き上がると、美鞠も岩を背にして寝ていた。
柔らかく目を閉じ、スースーと気持ちよさそうに寝息を立てている。
傾いた赤い日差しに照らされて、まるで輝いているように見えた。
(気持ちよさそうに寝てるな……)
起こすのが可哀想な気がして、俺は来ていた上着を美鞠にかけてやる。
ふと地面を見ると、先ほど俺をスケッチしていたメモ帳が落ちていた。
拾い上げると、ちょうど俺を描いていたページが開いている。
「ってなんだこりゃああぁ!」
「わっ、びっくりしたっ!?」
美鞠がビクッと飛び起きて目を丸くする。
「びっくりしたのは俺の方だ。なんで俺が裸になってるんだよ!」
なぜか上半身裸の俺の絵を指差して美鞠を問い質した。
「空想で描いたんですよ。本当に脱がしたわけじゃありません」
「それにしたってなんで裸にしたんだ!」
「川原で裸で寝そべる美少年。耽美で素敵じゃないですか」
「び、美少年って……んなわけあるか」
「美少年ですよ、蒼斗くんは」
美鞠はズイッと顔を近づけてくる。
ち、近いっ……
「ふざけんな、帰るぞ」
「あ、ちょっと。私の絵を返してください」
「これは没収だ」
奪おうとしてきたから、手を伸ばして高く上げる。
背が低い美鞠には届かないだろ。ザマァ見ろ。
初夏の日没に吹く風は、心地よく肌を撫でていく。
遠くに聞こえる子どもたちのはしゃぎ声が、通り過ぎてきた幼き頃の記憶を擽っていた。
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