第13話 亀裂が走る?

 6月初旬の土曜日。

 普段は休みでひっそりしている学校も、体育祭当日とあって賑わっている。


 かったるいとぼやいていた男子たちも、いざ始まるとかなり張り切っていた。

 主な理由は女子からの声援だろう。

 応援する女子と張り切る男子。

 健全な青春の光景である。


 俺は駿が応援席に座っていると、他のクラスの女子が近くを通り過ぎる。


「駿くん、頑張ってね!」


「応援してるよー!」


 すれ違う女子から声をかけられ、駿は「どーも」と気の抜けた声で応対していた。

 他の男子みたいに張り切る感じではない。


「さすが大人気だな」


「体育祭のときだけな。普段は声なんてかけられないから」


 相変わらず冷めている。

 顔立ちも凛々しいし、そこそこ女子から人気があるのに本人はまるで興味がないようだ。


 グラウンドでは女子のムカデ競争が始まろうとしていた。

 八人が縦に並び、脚をロープで結んで走るという競技だ。


 うちの二年三組の姿もあり、美鞠は列の真ん中辺りにいた。

 かなり緊張しているのがここからでも見て取れる。


「三津山先頭じゃないのかよ」

「真ん中だったら胸の弾みが見られないじゃないか!」  

「金返せ!」


 馬鹿な男子の嘆く声が聞こえる。

 そんな目で体育祭を見るな、お前たち。


 先頭は美鞠の親友である野乃花だ。

 運動神経のいい彼女の号令に合わせて足踏みを揃え、スタート地点まで進む。


「位置について、よーい!」


 パァーンという音と共に各クラスが走り出す。


「きゃあっ!」


「うわっ!」


 次々転んでいく中、うちのクラスは野乃花の号令に合わせて順調に進んでいく。

 美鞠も真剣な表情で足並みを揃えていた。


 運動は嫌いって言ってたけど、頑張ってるな。

 懸命な美鞠を見て、思わず俺も頬が緩んだ。



 昼食はグラウンドにシートを敷き、みんなでお弁当を食べる。

 いつもは各々のグループだが、今日はクラスのほとんどが固まって食べていた。


「うわぁ、三津山の弁当すごいな」

「マジか、女子力高すぎだろ!」


 男子たちは美鞠の弁当に色めき立つ。

 悪いな、それ。俺が作ったやつなんだ……

 恐縮する美鞠の隣で、なぜか野乃花が誇らしげに胸を張る。


「でしょー。美鞠は美人で頭が良いだけじゃなくて料理も得意なの!」


「い、いえ……それほどでも……」


 美鞠は恥ずかしそうに肩をすぼめ、野乃花たち女子の影に隠れようとしていた。

 謙虚な姿に更に男子たちは更に色めき立つ。


 ほぼ同じ内容の弁当を持つ俺は、人目につかないよう背中を丸めて中身を見られないように食事をしていた。


「なんでそんな格好で食べてるんだ、蒼斗」


 駿が不思議そうに俺を見る。


「砂が弁当に入らないようにしてるんだよ」


「ふぅーん。砂ねぇ……」


 駿は無風のグラウンドを見てニヤッと笑った。


「蒼斗の隣、座ろっと!」 


 ギャルの澪奈が妙に密着して俺の隣に座る。


「午後のボール運び競走、ガンバってね」


「俺のことより自分のことを頑張れ」


「うちは蒼斗のことを応援してるの!」


「はいはい。ありがと」


「お茶いる?」


 澪奈は笑いながら自らのペットボトルを差し出してくる。


「いらない」


「なんで? まだ一口しか飲んでないよ」


「一口飲んでるからいらないんだよ」


 視線を感じて顔を上げると美鞠がこちらを見ていた。

 視線があった瞬間、美鞠はそっと逃げるように視線を逸らしていた。



 食後、俺は美鞠のもとへと行く。


「美鞠、ボール運びの練習しとくか?」


「いえ。結構です」


 美鞠はよそよそしく顔を背けて行ってしまう。

 あれほど練習熱心だったのにどうしたのだろうか?


 昼休みが終わり、午後のプログラムが進んでいく。

 ボール運び競走が近付き、準備ゾーンに向かった。


「さあ本番だぞ、みま……三津山。頑張ろうな」


「……はい」


 どうも様子がおかしい。


「おい、ちょっと」


 ボール運びは二人の連携が何より大切だ。

 このままでは上手くいかない可能性もあるので、美鞠を連れて端の方へと移動した。


「どうしたんだよ、美鞠。具合でも悪いのか?」


「そんなことありませんけど……」


「なんか様子が変だぞ? 気になることがあるなら言ってくれ」


 そう問い掛けると、美鞠は顔を赤らめながら俺を軽く睨んでくる。


「そ、その……蒼斗くんは澪奈さんとお付き合いしてるんですか?」


「は? 俺と澪奈が? 全然そんなことないけど」


「だってすごく仲良しじゃないですか」


「そうか? 別にそんなことないけど。てかそんなことを気にしていたのか?」


「そりゃ気にしますよ! だってお付き合いしてるなら、こんな身体を密着させてボール運びなんてしたら澪奈さんに失礼ですから」


 実に美鞠らしい、気の遣いすぎに思わず笑ってしまう。 


「な、なんで笑うんですか。真面目な話をしてるんですよ」


「悪い悪い。馬鹿にしたわけじゃない。ボール運び競走はただの競技だ。そんなに気にするもんじゃないよ」


「でも……」


「俺と澪奈はなんでもない。ただの友達だ。そんなことで変に悩んでこれまでの練習を無駄にするな」


「でも澪奈さんは──」


 更になにか言いそうなので両手で美鞠の頬をムギュッと潰す。


「はふっ!?」


「頑張ろうぜ、美鞠。お前が運動音痴だと思っていた奴らを見返してやろう」


「ぶぁ、ふぁい……」


 手を離すと美鞠はニコッと笑った。

 どうやら調子を取り戻したようだ。

 てか予想以上に美鞠のほっぺたって柔らかいんだな。

 ほっぺたでこんなに柔らかいなら……

 思わず視線が美鞠の胸元に向いてしまう。 


 今度は俺が調子を崩しそうだ。




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