第12話 将来の夢
上半身裸になり、ベッドに腰掛けて脚を組む。
「右手はベッドに置いて、左手は膝の上……そう、そうです」
「やっぱりやめないか? なんかとてつもなく恥ずかしいんだが」
「いいですね、その照れた表情。創作意欲が湧いてきました」
ダメだ……この変態、俺の話なんてなんにも聞いていない……
「もう少し肩の力を抜いて。そう、そんな感じです」
納得のいくポーズになったのか、美鞠はタブレットを持ってデッサンを始める。
その途端、美鞠の目の色が変わった。
強い光を宿し、刺すような鋭いものとなる。
先ほどまでの変態じみた気配はなかった。
ここまで来たら仕方ない。
諦めてさっさと描いてもらおう。
美鞠は視線をほとんどタブレットに落とさず、俺の方に向けられていた。
俺の胸、腹、首、脚、顔、あちこちに視線を浴びせられる。
熱を帯びた眼光を向けられた箇所は、まるで触れられたかのような擽ったさを感じた。
「きれいなお肌です……柔らかそうな筋肉と、美しい骨格……乳首も可愛くて素敵です」
「ちょ、おい! 変なこと言うな」
「へ? 私、喋ってました?」
「思いっきり喋ってたぞ。まさか無意識だったのか?」
「すいません。脳内だだ漏れでした……絵を描いていると、無意識に喋ってしまうみたいなんです。父はそんなところもすごく嫌がってまして」
美鞠は申し訳無さそうに肩をすぼめる。
そりゃまあ娘が絵を描きながらあんなこと喋っていたらお父さんも嫌がるだろう。
少しだけ美鞠のお父さんの苦悩を感じることが出来た。
「別に独り言呟いてもいいけど……控えめにしろよ」
「はい。すいません」
はじめはあまり手が動いてなかったが、しばらくすると乗ってきたのか、ペンが流れるように滑り出す。
「美鞠は将来漫画家になりたいのか?」
「うーん、どうでしょう? 漫画を描くのは好きですけど、将来の職業とするかは分かりません」
「結構人気なんだろ? 実際きれいな絵を描くし。SNSとかに投稿してたら声がかかるかもよ?」
「そんな夢物語みたいなことないですってば」
喋りながらも美鞠の手は忙しなく動いていた。
「そうかな? 最近では結構あるんじゃない?」
「そうなったら素敵ですねー」
美鞠は柔らかく微笑む。
「蒼斗くんは将来の夢とかあるんですか?」
「ないない、そんなもの。日々生きていくだけで精一杯だったから」
「そんな寂しいこと言わないで下さい。なにかなりたい職業とかないんですか?」
「そうだなぁ……あっ……」
「あるんですね!」
美鞠は絵を描く手を止め、俺の目を見る。
「笑うなよ?」
「人の夢を笑うようなことはしません」
「学校の先生かな。それも小学校の先生」
頭に浮かぶのは六年生の時の担任だった
眼鏡をかけてヒョロっとしており、ヒゲの剃り残しとかもある、ぱっと見頼り甲斐のなさそうな人だった。
「当時からうちは貧乏だったし、親はめちゃくちゃだった。小さい頃はそれが普通だと思ってた。けど次第にそれが普通じゃないと気づき始めた頃、蓮見先生って人が担任になってさ──」
蓮見先生はそんな俺にあれこれ気を使ってくれた。
絵の具がなくなったらみんなに内緒で「先生の使わなくなったやつだから」とくれたり、遠足の時なんかはこっそりおかずを作ってきてくれたりした。
ひねくれ始めていた俺を優しく包んでくれたのも蓮見先生だった。
ある日学校に財布を持ってきた奴がいて、お金が盗まれるという事件があった。
「お金に困ってる人が盗んだんだと思います」
優等生気取りの女子がそう言うと、クラスメイトの視線が俺に向いたのが分かった。
「はあ!? 俺、そんなことしてねーし!」
俺がそう怒鳴ると、優等生気取りは罠にかかった獲物を見る目をした。
「誰も蒼斗くんが犯人だなんて言ってません」
それから教室中が大騒ぎだった。
俺が休み時間いなかったとか、コソコソしてるのを見たとか、あいつんちは貧乏だとか、根も葉もない嘘や、関係ないことまで言われた。
蓮見先生は誰も責めず、財布を必死で探してくれた。
やがて財布を持ってきていた奴の勘違いだったことが判明すると、先生はまずそいつを叱った。
「学校にお金を持ってくるな! それにちゃんと確認もせず盗まれたとか騒ぐな!」
普段滅多に怒らない蓮見先生の激怒する姿にみんなが驚き、震え上がった。
次に優等生気取りに厳しく説教をした。
「他人を疑うことを先導するな! 君のしたことは正義のフリをしたイジメだ!」
もちろん優等生気取りは先導してないとか、誰かを特定してないとか言い逃れをしていたが、それを聞いた先生は更に注意を重ねていた。
最後には誘導したことを認め、優等生は俺に謝罪してくれた。
「蓮見先生はいつでも俺を信じてくれた。結構悪ガキで反抗ばっかしてたのに、いつも俺を信じてくれてさ。
はじめはウザかったけど、そのうちこの人を裏切っちゃいけないって思うようになった」
俺がグレなかったのも、あの先生がいてくれたからだと今でも感謝している。
「そんな素敵な先生がいらっしゃったんですね」
美鞠は目を真っ赤にし、グズグズと鼻を鳴らしていた。
「ちょ、泣くなよ」
「泣いてません」
「目が真っ赤だぞ」
「見ないで下さい。セクハラですよ」
人の上半身を裸にしておいて、よくそんなことが言えたものだ。
「だからまあ、俺もあんな先生になりたいって気持ちはあるかな」
「なりましょう、小学校の先生に!」
「無茶言うなよ。教員免許取るなら大学にいかなきゃいけないんだろ。いまのこの状況で、どうやって大学行くんだよ」
「私が学費を稼ぎます!」
「アホか! そこまで世話になれるかよ!」
美鞠は少しお人好し過ぎて心配になる。
とはいえ、その気持ちは純粋に嬉しかった。
こいつは本当にいい奴なのかもしれない。
もちろん世話になるつもりはないけど、心が温かくなった。
「はい、出来ました」
美鞠がタブレットを見せてくる。
「はぁ!? なんだ、これ! ズボンも下着も穿いてないじゃないか!」
流石に陰部は脚で隠れているけれど。
「その辺りは想像で描きました」
「ふざけんなっ!」
「お陰様でいいアイデアも浮かびました。蒼斗くんのお陰です!」
やっぱりこいつはいい奴なんかじゃない。
ただのポンコツ変態だ。
俺の感動を返して欲しい。
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