第11話 衝撃の依頼

 特訓開始から数日後の体育の授業で、クラスリレーの練習をしていた。


「美鞠ちゃん、走るの上手になってる!」

「すごい、美鞠!」


 女子たちは感激しながら声援を送っていた。

 二人三脚の練習もしているが、普通に走る練習もしてきたので、フォームが良くなっている。


 一方男子たちは──


「三津山、胸がバルンバルン揺れてるっ……」 

「大きく足を上げて走るから、胸の揺れが大きくなったんだ……」

「なんという破壊力……」


 相変わらずアホな話題で盛り上がっている。


 走り終えた美鞠は膝に手を当て、肩で息をしていた。


「すごいすごーい! 美鞠、特訓した?」


 親友の野乃花が美鞠に駆け寄る。


「ハァハァハァ……はい。体育祭で皆さんの足を引っ張らないために」


「えらい! さすがは美鞠!」


 野乃花はムギューっと美鞠を抱き締める。


「それに運動するのって気持ちよくて好きなんです」


「でしょー?」


 美少女二人の抱擁を見て、男子たちは更に想像を逞しくしているようだった。





「ただいまー」


 美鞠の靴はあるが、いつものように返事がない。


「おーい、美鞠。今日も練習に行くぞー?」


 そう声をかけると、美鞠が自室から出てくる。

 なぜかどよーんと疲れた顔をしていた。


「今日は練習出来ません」


「体調でも悪いのか?」


「いえ。そろそろ新刊の準備をしないといけないんで」


「新刊? ああ、同人誌描いてるって言ってたな。締切が近いのか?」


「いえ。しかし今日はなにかいい案が浮かびそうなので。そんなわけで今日は運動なんてしている場合じゃありません」


 説明は終了といった感じで、美鞠は自室に戻ってしまった。


「運動なんてって……」


 スポーツするのは気持ちいいんじゃなかったのかよ?


 しかしまあ、俺のバイト代も美鞠の稼ぎから捻出されるわけだし、文句は言えないな。

 仕方ないので今日はゆっくり時間をかけて夕食を作るとするか……




「おーい、美鞠。夕飯できたぞ」


「いいです。お腹空いてません」


「せっかく美鞠が好きだって言っていたタンシチュー作ったのに」


 ガタガタガタッ‼


「蒼斗くんのタンシチュー!! それは興味津々です!」


 やはり食の欲求には勝てないんだな、美鞠……


 美鞠は勢いよく部屋から出てきて、ダイニングテーブルに着く。


「んー! 美味しい!」


「そうか。良かった。タンシチューなんて人生初挑戦だったから不安だったんだ。一度作ってみたかったんだけど、材料費が高いからな」


「もうお店開いたらいいですよ、蒼斗くん!」


「相変わらず大袈裟だな」


 笑顔でもりもり食べる美鞠の姿も見慣れてきた。

 やはり自分の料理を喜んで食べてくれる姿を見るのは嬉しい。

 うちのクソ親はいつも無表情でつまらなさそうに俺の作った料理を食べていたっけな……


「ん? どうしたんですか、蒼斗くん。なんか暗いですよ?」


「なんでもない。それよりどうなんだ? 新作は順調か?」


「いえ、それがなかなか……いいアイデアが生まれそうなんですけど、あと一歩足りなくて」


 美鞠は疲れたように苦笑いを浮かべる。


「無理するなよ。気晴らしに走りに行ってみるか?」


「そうはいきません。一刻も早く描き上げないと。蒼斗くんのお給金は私の稼ぎから捻出するんですから! たくさん稼いで、たくさんお支払いします」


「別にいいって。正直泊めてもらって、食費も出してもらっているってだけで十分なんだし」


「いえ。学費もありますし、貯金もしないといけません。お金はそれなりに必要です」


「それもそうか……」


 こんな状況になってしまった以上、高校中退は仕方ないと覚悟している。

 しかし可能ならば高校くらいは卒業したいという甘い希望も捨てきれずにいた。


「あっ、そうだ!」


 美鞠は突然、ポンッと手を打つ。

 漫画などでなにか閃いたときのポーズそのものだ。


「どうした?」


「あ、いえ……やっぱりなんでもありません」


 美鞠は急に顔を赤らめて首を振る。


「なんだよ? 気になる。なんかいいアイデアが浮かんだんだろ?」


「ご、ご迷惑ですから」


「別に構わないよ。なにか手伝えるなら、遠慮なく言ってくれ」


「本当ですか?」


「いつもお世話になってるからな。俺の学費もかかってるし」


 冗談めかして言うと、美鞠は嬉しそうに微笑んだ。


「蒼斗くん、モデルになってもらえないでしょうか?」


「なんだ、そんなことか。お安い御用だ」


 一度やっているし、今さら躊躇うことでもない。


「いえ、あの……今回はそのっ……ヌードになってもらいたいんです」


「ああ、ヌードね。おっけ……はぁああ!? ヌードぉぉおおおお!?」


「フ、フルヌードじゃないですよ! 下着、いえ上半身だけでいいんです!」


「なんで脱がなきゃいけないんだよ!? そもそもアイデアが出ないから悩んでるんだろ? デッサンなんてしても意味なくないか?」


「そんなことはありません。たとえば猫をじっと観察して描いていると、意外といろんなことに気付いたり、様々な視点で見られるようになるんです」


「だからってなんで俺の裸を描くんだよ?」


「だって男性の裸なんて、他に頼める人いないですから……」


 美鞠は涙目になり、俺を見る。

 どうやら冗談を言ってるわけではなさそうだ。


「うーん」


「お願いします!」


 両手を合わせ拝まれてしまう。

 美鞠も恥を忍んでお願いしてきてるわけだし、無下に断るのも気が引ける。


「う、上だけだからな」


「ありがとうございます!」


 真剣に頼まれたら断れない。

 俺の悪いところだ……

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