第9話 美鞠、ホラー映画を観る

 お母さん襲来があった日の夜。

 リビングでテレビを観ていると美鞠がパジャマ姿でやって来た。

 美鞠のパジャマ姿にはじめはちょっとドキドキしたが、最近は見慣れたものとなった。


「あの、蒼斗くん」


「なに?」


「一緒に映画観ませんか? サブスク入ってるんで見放題なんですよ」


「へぇー。いいね」


 サブスクなんて無縁な人生だったから、なんかテンションが上がる。


「実は前から観たい作品があったんです。あ、これです」


 テレビ画面に映し出されたのは、何やら青白くて不気味な集落の映像だ。

 血のようなべっとりとした赤でタイトルが浮かび上がる。


鹿跳村しかばねむら?」


「はい。地図から消し去られた忌まわしき村を舞台にしたホラー映画です」


「こんなの好きなんだ? 意外だな」


「いいえ、苦手です。でも話題作だから観たくって。とはいえ一人で観る勇気がなくて」


 美鞠は笑いながら立ち上がり、部屋の灯りを消した。


「えっ? 電気消すの?」


「はい。この方がより怖くなると思うんで」


「怖いの苦手なんだろ?」


「蒼斗くんと観るなら大丈夫だと思います」


 美鞠は俺の隣に座る。

 てかちょっと近すぎないか?


 風呂上がりだからいい匂いがして、なんだか気まずい。


 ソロっと距離を取ると、美鞠もソロっとこちらに詰め寄ってくる。

 始まったばかりなのにもうビビってるのか?

 そんなに怖いなら観なければいいのに……


 テレビ画面では主人公たちが道に迷い、カーナビでは表示されていない山間の小さな町にたどり着く。

 電柱に書かれている住所を見ると『鹿跳村』と書かれている。

 聞いたことない地名に首を傾げ、スマホで検索しようとして電波圏外だと気付く。


 主人公たちが振り返った瞬間、ジィーっとこちらを見ている腰の曲がった老婆がアップで映った。


「きゃあっ!」


 美鞠はビュクンッと震え、俺の腕にしがみつく。


「うわっ!?」


 老婆にではなく美鞠の声や反応にびっくりした。


「おばあちゃんが現れただけだろ。怖がりすぎだ」


「は? 怖がってなんていませんけど」


 美鞠はさっと俺の腕を離し、膝を抱え込む格好で視線をテレビに戻す。


 主人公たちが昼食を摂っている間に、駐車していたはずの車が消えていた。

 車を探すがどこにも見当たらず、仕方なく主人公たちは鹿跳村で唯一の民宿に宿泊することとなった。


「歩いてでも帰ったほうがいいです。絶対そうした方がいいですってば……」


 美鞠はブツブツ独り言を呟き、顔を背けながら横目で映画を観ている。


「あー、だめだめ。そんなところ行ったら駄目ですってば。出ますよ、出ますよ、出ますよ……ぎゃー! ほら出たぁぁぁあ!」


「うるさいなぁ」


 美鞠は俺の腕にぎゅっとしがみつき、固く目を閉じて震えている。


「もう消すぞ?」


「観てるんです!」


「目を閉じてるだろ」


「開いてます」

 

 美鞠は恐る恐る薄目を開けて、テレビを観る。



 鹿跳村はその後も恐怖シーンの連続で、美鞠は悲鳴を上げながら観ていた。

 最後の方は俺の背中に隠れ、震えながら「怖くない、予想通り、ほらやっぱり!」と騒ぎながら観る始末である。


 映画はラストはB級ホラーらしく何も解決しないままモヤッと終わって終了。

 時計を見ると、もういい時間だった。


「さて、寝るか」


「そうですね」


 美鞠はピタッと俺の背中の後をついてきて、部屋まで入ってくる。


「美鞠、俺は寝るんだが?」


「一緒に寝ましょう」


「は? 無理無理」


「お願いします! あんな怖いもの観たあと、一人で寝られません!」


 美鞠は涙目で訴えてくる。


「大丈夫だって。あれは作り話だ」


「そんなことわかってます! でも、なんか怖いじゃないですか」


 うるうると見詰められると、流石に無碍にはできない。


「分かったよ。じゃあ俺は床で寝るから美鞠はベッドで寝ろ」


「そんなぁ。一緒のベッドでいいですってば。ほらこれキングサイズですし」


「駄目だ。それが嫌なら自分の部屋で寝ろ」


「うー……もしや蒼斗くんってドSですか?」


「通常の思考回路を持っているだけだ」


 渋る美鞠をベッドに寝かせ、俺は床に布団を敷く。


「そんなにホラー苦手なら観なきゃいいのに」


「あそこまで怖いとは思わなかったんです」


「はいはい。じゃ、電気消すぞ」


 パチッ……


「きゃあっ!?」


「どうした!?」


「真っ暗にしないでくださいよ!」


「え? 美鞠って常夜灯付けて寝るタイプ?」


「蒼斗くんは真っ暗派なんですか?」


「そうだけど」


「今夜だけは常夜灯付けてください」


「仕方ないな……」


「えへへ。ありがとうございます。おやすみなさい」


「おやすみ」


 今日は美鞠のお母さんに会うなどして、精神的に疲れていた。

 フカフカの布団に身を沈めると、あっという間に眠気が降りてくる……


「もう寝ました?」 


 落ちかけた瞬間声をかけられ、ビクッと目が覚める。


「なんだよ。落ちかけていたのに」 


「静かだと不気味なんで、なんかお話しませんか?」 


「しない。俺は寝るんだ」 


「じゃあしりとりしましょう。ラッパ。パですよ、蒼斗くん」


「パン。おやすみ」


「ちょっと! 真面目にやってください」


「なんで高校生にもなって深夜に真面目にしりとりなんてしなきゃいけないんだよ」


「じゃあ心理テストしましょう。あなたは旅行でパリに来ました。しかし時間があまりありません。まず最初に何をしますか?」


「寝る。おやすみ」


「ちょっと蒼斗くんっ! ちゃんと答えてください」


 結局美鞠はなんだかんだと理由をつけて話していて、静かになったのは二時間後だった。

 もう二度と美鞠とホラー映画は観ないと心に誓う。


 ようやく眠った美鞠は、オレンジ色の灯りにぼんやりと照らされ、気の抜けたあどけない顔をしていた。


「ほんと、変な奴だな、美鞠」


 俺はしばらくすーすーという美鞠の寝息を聞き、そしていつの間にか眠っていた。


 なんか楽しい夢を見た気がするが、起きると全て忘れてしまっていた。

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