第7話 モデルの仕事

「さあ私は話しましたよ。次は蒼斗くんの番」


「俺は別に話すほどの人生でもないんだけど」


「なんでもいいから教えて下さい。あ、言いたくないことは言わなくてもいいですけど」


「そうか? まあいいけど」


「あ、ちょっと待って!」


 そう言って美鞠は椅子をソファーの前に移動させる。


「この椅子に腰掛けて話して下さい」


「なんで?」


「話を聞きながら蒼斗くんをスケッチするからです


「え、モデルになるの!? 嫌なんだけど」


「モデルも蒼斗くんの仕事に含まれてるんです。はじめに言いましたよね?」


「そういえばそんなこと言ってたな……」


 あのときは冗談かと思って流していたが、本気だったらしい。

 仕方なく椅子に座ると、美鞠はソファーの上であぐらをかき、タブレットを構えてペンを走らせる。


「自分の生い立ちなんて、あんまり人に話したことはないんだけど」


「あ、こっちを見ないで前を向いていて下さい。横顔を書いているので。あと右手で頬杖をつく感じで。そう、そんな感じです」


 注文が多くて面倒な奴だ。

 まあ顔を見ながら話すよりこの方が話しやすいからいいけど。


「パ、パジャマの前のボタンも一つ、いや、二つほど外してみてください」


「ボタン? こうか?」


「そうですそうです! ありがとうございます」


 よく分からないが、仕事なので言われるままにした。

 ポーズが決まったところで話を戻す。


「俺の両親はいわゆるネグレクトってやつで、放置されて育ってきたんだ。っていっても生死に関わるほどご飯がなかったりとか、汚れたものを延々と着させられるってほど激しいものじゃなかったけどな。軽度のネグレクトってやつだ」


 もちろん子どもの頃はそんな言葉知らなかったし、自分だけじゃなくて他の子も同じような状況だと思っていた。


「授業参観なんて来たことないし、学校行事もほぼ来なかった」


「そうだったんですか……」


 顔を見ていないので表情は分からないが、美鞠はとても悲しそうな声でそう呟いた。

 湿っぽくならないよう、俺は努めて明るい声で話を続ける。


「そんな環境だから小学一年生の頃から家の掃除とかしてたんだぜ? 四年生になったら食事も作り始めてたし」


「だからあんなに家事が得意なんですね」


「小さい頃からしてるからな。裁縫とかも出来るぞ」


「ええっ、それはすごいです!」


「親はなんの仕事をしてるのか知らなかったけど、コロコロ転職してたみたいだった。俺が中学生の頃、輸入品を扱う商売を始めたみたいなんだけど、高校入学した頃やめた。

 それからは毎日家でゴロゴロして、両親揃ってパチンコしてたみたいだな」


 ほとんど会話もなかったので詳しくは知らないが、あの頃から借金が膨らんでいったのだろう。


「で、ある日突然学校から帰ったら例の手紙置いて消えていたってわけだ。借金とか最悪だけど、あの親と縁が切れたと思うとせいせいしたよ」


 そう言って笑い出した瞬間、美鞠はムギュッと俺の頭を抱きしめてきた。


「お、おい、美鞠っ……」


 パジャマの上からも分かる大きなおっぱいに顔が埋められる格好である。


「寂しい思いをしてきたんですね。すいません。そんな事情知らなくて、嫌なことをお聞きしてしまって」


 美鞠は泣いていた。

 まだよく知らない同級生の俺のために、身体を震わせて泣いてくれていた。

 ちょっと感情移入し過ぎるところもあるようだが、優しい奴だ。

 とはいえなとの顔を胸に埋めさせるのはやめて欲しい。


「そんなに泣くなって。確かにろくでもない暮らしだったけど、別に寂しくなんてなかったし、辛くもなかった。駿とか友だちもいたし」


 美鞠の腕を解き、ソファーに座らせて落ち着かせる。

 てか泣きすぎだろ、これ。

 肩を震わせながらしゃくりあげるなって。


「それにしても許せません。幼い蒼斗くんにそんな辛い思いをさせるなんて」


「まあろくでもない親ってのは確かだな」


 泣いていたかと思えば今度は憤慨している。

 忙しい奴だ。

 なぜ赤の他人のことでここまで熱くなれるのだろう。


「なんで笑っているんですか?」


「さあ。美鞠が面白いからじゃない?」


「面白い? 私がですか?」


 美鞠はキョトンとした顔で自分の顔を指差す。


「それより俺の絵出来たのか?見せてくれよ」


「まだ途中ですけど……」


 そう言いながら美鞠はタブレットを見せてきた。


「えっ……なにこれっ!? 上手すぎる」


 まるでプロの漫画家が描いたようなクオリティだ。

 いや、うまいだけじゃない。

 一枚の絵なのに物語が想像できるような、魅力的なイラストだった。


 同人誌で稼いでいるというのも頷けるクオリティである。

 だけど──


「全然俺に似てないな」


「そうですか?」


「こんな目がキラキラしてないし、輪郭もシュッとしてないだろ」


「似てると思いますけど」


 美鞠は不服そうに俺とイラストを交互に見ていた。


「じゃあ次は立って、壁に手を当てるポーズをお願いします」


「え? まだ描くのか?」


「当然です。せっかくノッてきたんですから。明日は土曜で休みですし」


「何時までやるつもりなんだよ!?」


 このあとめちゃくちゃモデルした。

 なぜか脚を広げて寝転がるとか、四つん這いになって美鞠に尻を向けて首だけで振り返るとか変なポーズもあったが、仕事なので文句を言わずに従った。

 いったい美鞠はどんな漫画を描いているのだろう?







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