第9話 小刀の描く軌道

 男が消えていく。名を聞くこともできずに、恐怖に震える顔すら消えていく。


 ギルドも都庁舎ごと消えて、残ったのは僕とサナ、そして黒衣の存在だけだった。


 サナの手が離れていく。


「ここから、ここからだよ! ここまで何度やり直したことか。お兄ちゃん無理矢理飛び出していったからね」


「……なんで、前の僕はそんなことを?」


「さぁ。でも、許せなかったんじゃない? 存在が消えるのが、否定されるのが」


 そうだ。前の僕も僕なら、今と同じ感情を抱いているはず。


「だったら!」


 サナの手を振りほどいて跳び上がった。目測転移で相手の目の前に移動すると、自動生成された大振りの剣を振り下ろす。


「えっ?」


 そいつは片手で剣を受け止めた。というよりも触れたと同時に構築された剣が消える。防ぐもののなくなった僕の体にそいつの拳が当たる。


「だからダメだよ。お兄ちゃん、こいつは触れたそばから全てを消していく」


 間に入ったサナの体を拳が貫通していた。サナは哀しそうな笑顔を一つ残すと、瞬時に消されてしまった。


「そんな……」


 呆然とする僕の目の前で、そいつはまた指を鳴らそうとしていた。次、鳴らされればもう終わりだ。僕の存在が世界ごと消滅させられる。


 ──そんなことがあっていいわけがない。たとえ運命が生まれた最初から全てを決めていたとしても、理不尽に消されるわけにはいかない。


 世界を壊すスキル。神様が平等に力を与えているのだとしたら、そんなチートなスキルにも対抗できる力があるはずだ。


 ステータスを開く。残された僅かな時間の中で星の数ほどあるスキルを探す。


「無駄だ」


 そいつは言った。男か女かわからない中性的な声だった。


「こんなふざけた世界はリセットしなければならない。世界の歪みとともに」


 指が交差する。


「エンプティ・ストレージ」


 これは賭けだ。僕は、ゴブリンから奪った唯一の戦利品の小刀を取り出すとそいつの指目掛けて思い切り投げつけた。


 こいつは歪みから生まれたもの。歪みはこの世界の構成物とは関係がない。なら、それは消滅させることができずに攻撃を可能とするはず。


 鈍色の小刀は正確な軌道を描き、男の指を切り落とした。


 驚いたような声を上げると、そいつは血が吹き出している自分の指を確認した。苦々しそうに舌打ちをすると、黒衣を翻し歪みの中に消えていった。 

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