第7話 消失した世界

 甲高い声とともに玄関から飛び出してきた元妹は、僕の体を抱えるとそのまま地面を転がった。


「お兄ちゃんって、どういうことだ!?」


「いいから、離れないで!」


 僕と元妹の体を格子状のバリアが包み込む。唇が触れるくらいの距離で密着しているからか、彼女の乱れた鼓動のリズムが聞こえてきた。


「動かないで!」


 少し移動しようとしただけなのに手を握り締められる。懇願とも言える必死の訴えが、間近にある濡れた瞳から感じられた。


 圧のある視線から逃れようと目だけを動かして周囲を見た。そこに広がっていたのはあり得ない光景だった。


「なっ……!!」


 コンクリートの地面が消え、剥き出しの大地が露わになっていた。何か、強力なスキルによって無理矢理引っ剥がされたわけではない、最初から無かったかのように存在自体が消えていた。


 さらに遠くを見れば、確実にあったはずの家々が丸ごと、そうだ異空間に呑み込まれたように消失している。


 思わず、起き上がろうとした僕の胸を再び元妹は地面に押し付けた。背中には硬いコンクリートの感触がある。彼女のバリアの効力か。


「驚いたと思うけどまだダメ。アレの攻撃はまだ終わっていない」


「アレ? アレって何だよ!」


 おかしい。今起こっている現象もそうだが、もっと不可解なのはこいつが僕のことをまだ兄と呼んでいる事実。


 その顔に視線を向ければ、僕の心を読んだかのように彼女は微笑んだ。


「疑問符が顔にいっぱい浮かんでいるよ。でも待って、あと数秒──」


 上空へ顔を向けたせいで妹だったはずの彼女の黒髪が頬をかすめてくすぐったくなる。ほのかに漂う香りが危機的状況にも関わらず、なぜか気になってしょうがない。


 小さく柔らかな手がもう一度僕の手を握った。


「行くよ! お兄ちゃん!」


 バリアが解除される。先に立ち上がった彼女の後を追い、急いで走り始めた。


 見渡す限りの家もビルも建物は全てが消え去り、中にいたはずの人々の姿もどこにもない。ただ何もないどこまでも真っ直ぐな大地の先には地平線すら見えている。まるで世界がリスタートしたように、一変していた。


「お兄ちゃん、転移! 私を連れて都庁のギルドへ飛んで!」


 差し伸べられた手と彼女の顔を交互に見る。


「躊躇している暇はないよ! またアイツが!」


 後ろを振り返れば、歪な空間に佇む人形ひとがたの何かがこちらを見ていた。黒いローブに全身が覆われて、深く被ったフードからはどんな顔かも確認できない。


 そいつはまた太陽に向けて手を掲げる。


「お兄ちゃん、早く!」


 人差し指と中指が交差し、音を鳴らす。その瞬間に僕は彼女の手を握ると、飛んだ。


 現れたと同時に体が支えを失い倒れていく。目の前には緑豊かな街路樹。


「うわっ……!」「きゃあっ!!」


 僕らは体勢を整えることもできずに突っ込むと、地面へと無様に着地した。


「おい! 大丈夫か!?」


 駆けつけてきたのは、ギルドでパーティに誘ってきた背の高い男だった。

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