第6話 関係値リセット

「えっと……」


 少し茶色がかった髪は肩の間で切り揃えられて形の良い眉が困惑したように下がっている。澄んだ黒色の瞳は大きく、真っ直ぐに僕の目を捉えていた。


「橋本エイトだよね!」


 すぐに返事はしなかった。先の戦闘の映像が広まり、瞬く間に名前が広がったのは知っている。


「えっ? 違う? でも──」


 首を傾げた仕草は実に自然で、作為を疑うところはなかった。


「そう、橋本エイト」


「やっぱり! すぐに名前は覚えたよ! 私と同じ苗字だもんね!」


 関係値をリセットする前は家族だから当たり前のことだ。でも、元妹ではまだ関係性をハッキリさせることができない。僕が本当に自由になれたのかどうかは、親の態度を確認しなければ──。


「今、ご両親は?」


「パパとママ? あっ、ちょっと待ってて!」


 しきりに髪の毛を触りながら話をしていた元妹は、慌てて廊下の先へ消えていくと二人の名前を呼んだ。


 乱雑な足音を立てて向かってきた二人は僕の顔を見るなりきょとんとした顔をしてお互いの顔を見合った。


「誰だ?」「──え、待って今サナが橋本エイトって」「エイトってあの、エイト?」


 二人はまた揃って僕の顔をジロジロと見る。その反応が全てを教えてくれた。


「ごめんなさい! 橋本エイトがなんでこんなところに!?」


 リスタートのスキルは本物だった。僕はもう誰とも関係がなくなり、自由に生きていくことができる。−Sランクであった過去も、家族に捨てられた事実も存在しない。


「いえ、すみません。ちょっとした確認に。それでは、失礼します」


 頭を下げるとすぐにきびすを返し、外へと出る。数歩、玄関を出たところで足が止まった。


 本当はもう一言くらい付け加えてもよかったかもしれない。「永遠にサヨナラ」とか。でも、今の僕には必要ないし余計な混乱が生まれるだけだ。


 そのときだった。橋本家の扉に設置されたAIが急にアラート音を発し始めたのは。けたたましいほどのその音は、隣近所どころか周囲全ての家々からも鳴り響いていた。


「一斉の警報、いったい何が……」


 上空に一つの歪みが生まれる。見たことがある。ダンジョンが生成されるときに生じる歪みだ。


「──おかしい」


 歪みから出てきたのは洞穴や洞窟などのダンジョンの入口ではなく、人間だった。正確に言えば、人間のようなものだ。


 それは、歪みから一歩進むと何かの合図かのように指を鳴らした。途端に地響きが起こる。今の今まで鳴っていたアラート音が消えて、後ろから突き刺すような声が耳奥に飛び込んできた。


「お兄ちゃん! 危ないっ!!」  

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