第2話 −Sランク

 バスに乗っていた。整備されたコンクリートの地面の上を規則正しく揺れながら、目的地まで恐ろしくのろいスピードで進んでいく。


 レールは敷かれてはいないが、見えないだけで敷かれているようなものだ。目的地まで速く着く分には地下鉄や電車の方がよほど優れている。


 乗客は僕も含めてみんな覇気が感じられなかった。性別関係なく虚ろな瞳に表情の無い顔、そして猫背で何をするでもなく前の座席を見つめている。


 強制労働所行きのバスは、たいていがいつもこんな景色だった。生まれたときからスキル値が極端に低く、一発逆転のユニークスキルすら持っていない。ランダムに割り振られたはずの数値を全て最低点で揃えた逆SSS。


 投げたサイコロの目が全て赤い「1」を出したようなものだ。僕らはまとめて「−Sランク」のごみ箱へ放り投げられる。SはSlave《奴隷》のSだ。


 僕らは生まれ落ちたときから現代の奴隷階級として、誰もがやりたがらない「汚い」「臭い」「安い」の三拍子が揃った仕事をさせられるためだけに生かされている。


 街中では今日も、アンドロイドやロボット、AIに混じって多くの人が働いている。コンビニやカフェの接客業、工事現場で指示を出す現場監督、優雅に車を走らせる運転手──彼らは僕らからしたらトップランカーだ。


 味気ないAIの決まりきった運転で見えないレールを進む僕らの仕事は、キラキラ輝く太陽の光に照らし出される仕事じゃない。


 信号が急に赤になり、バスが急ブレーキをかけて止まる。AIが流暢ではあるが感情のない無機質な声で緊急停止のアナウンスを始めた。


「緊急停止命令が発せられました──前方500m先に障害が発生──状況を確認中──レベル1程度のモンスターの群れです」


 僕らは様々な事情から−Sのごみ溜めに捨てられる。その年齢はバラバラだ。中にはきっと将来の可能性を信じて辛抱強く育ててくれるような親もいるのだろう。


「モンスター接近中──緊急避難行動に関して問い合わせ中──答えはNO──近くの冒険者が救援に向かっています」


 乗客の目が急に輝き出し、わらわらと座席を降りると前方の窓へと身を乗り出した。にわかに車内が騒がしくなる。


「冒険者が交戦開始──モニターを切り替え映像を配信します」


 前面のガラス窓に映像が映し出された途端に歓声が沸き上がった。選ばれし冒険者がそれぞれの得物を手にモンスターの群れに飛び掛かる。


 現代のトップランカー──冒険者。突如世界中に発生した磁場の歪み、いわゆるダンジョンへ潜り、またダンジョンから現れた未知の生物であるモンスターを狩る者たち。


 彼ら彼女らの活躍は即座に配信され、世界中を熱狂の渦に巻き込む。光の届かない暗闇の中で生きる僕らと違い、光を一身に受ける者たち。運と才能──つまり天啓を受けた人たち。


 運も才能もなかった僕らは──いや、僕は生まれてすぐに親に捨てられた。


 だから僕は、僕は今度こそトップランカーになる。


 モニターに飛びつき夢中になる奴隷たちを横目に新しく生まれ変わった僕は、自分のステータスを確認した。

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