最終話. 解けない魔法のように

 それから数ヶ月後に産まれた子どもはリオナと名付けられた。輝く金色の髪に優しい青色の瞳がエリオット殿下に瓜二つの女の子だった。

 出産も3度目だというのに、相変わらず殿下は過度に私を気遣い甘やかしてくれる。体はきつくない?辛くないかい?と日に何度も尋ねてきては横になっている私の額に手を当て、ブランケットをかけなおし、わざわざ手配してくださった薬湯やハーブティーを飲ませてくれる。侍女たちももはや苦笑いだ。兄のウォルターなどは冷めた眼差しでそんな殿下のことをじとーっと見ていたりする。


「……もうすっかり慣れたでしょう?殿下。そんなにオロオロしないでくださいよ。妃殿下は今回も安産です。ほら、顔色もいいじゃありませんか。もう5日も経つのにずっと寝かされて…可哀相に」

「馬鹿を言うなウォルター。子を産むというのはとてつもない大仕事なんだぞ。僕たち男には一生分からないものさ。産後の今だからこそしっかりと体を休ませて安静にしておかなければ、いつ体調が急変するかも…」


 物腰柔らかな雰囲気ではあるけれど、普段は堂々と構え些細なことでは動じないエリオット殿下が、私の出産前後はやたらとオロオロしはじめるのが可笑しいらしく、控えている侍女や乳母たちも目の奥が笑っている。


 その時、ふぇ…、と弱々しい泣き声が聞こえてきた。無意識に体が反応し、私は起き上がった。


「っ!どうした?クラリッサ」

「リオナの泣き声が…、抱かせてください」

「ああ、そうだね。おいで」

「い、いえ殿下、じぶんで…」


 歩きます、ほんの数歩先ですので、そう言いたかったのだけれど、殿下はブランケットを捲り素早く私を抱き上げる。侍女たちがクスクス笑って俯いている。恥ずかしくて頬が火照ってしまう。年月を重ねるほどに、子を産むたびに、殿下がどんどん過保護になっていく…。


 ベビーベッドで小さな手足をパタパタと動かしながら、小さなリオナが唇を震わせ精一杯の泣き声を上げている。とてもか細くて頼りなくて、愛おしさが溢れてくる。胸がいっぱいになりながら、私はその柔らかな体をそっと抱え上げた。


「……可愛い…」

「…ああ。本当に。…君にそっくりだ」

「え?…そうでしょうか?殿下にそっくりだと思いますが」

「そうかな?…ほら、この整った愛くるしい顔立ち、優しげな雰囲気…。どう見ても君だよ」

「え…?でもこの美しい髪の色も瞳の色もあなた譲りですわ。まるで小さな殿下みたいです。…女の子ですけど」

「ふ……、そうか。いずれにせよ、君が産んでくれた僕たちの子だ。こんなに愛おしく思えるのも当然だな」

「……殿下…」


 リオナを抱いたまま見つめあっていると、ゴホン、と後ろから兄の咳払いが聞こえた。


「…お二人の世界に入られるのも結構ですが…、お戻りのようですよ」

「おとうさま!おかあさまー!」

「…ジェイミー、ソフィア…」


 そこへ小さな二人の天使が手を繋いでトコトコと私たちの元へ走ってきた。その姿を目にするだけで自然と頬が緩む。


「午前のお勉強は終わったのかい?」

「はいっ!」

「あい」

「よし。いい子だ」


 エリオット殿下は二人のお利口な返事を聞くと満足げに微笑んでそれぞれの頭を撫でた。お勉強といっても、2歳になったばかりのソフィアはまだジェイミーについてまわっているだけ。教師と共に文字の勉強などをしている兄の横で大人しく絵のようなものを描いて遊んでいるのだ。仲が良くて微笑ましい。


「…みゆ」

「ん?リオナが見たいの?ソフィア」


 コクリと頷くソフィアのために、私はそっとしゃがみ込む。ソフィアは目をキラキラと輝かせながら産まれたばかりの小さな妹のことをじっと見つめている。ジェイミーもその隣に立ち、リオナの顔を覗き込む。


「かわいいなぁリオナ。ちっちゃぁい……あ、ソフィアもかわいいよ」


 リオナの愛らしさを褒めた後、慌ててソフィアにそう言って頭を撫でてあげるジェイミー。ソフィアは嬉しそうにニコニコしている。


(…まだこんなに小さいのに、ちゃんと妹のことを気遣ってるんだから…)


 そんな長男のことが愛おしくてたまらない。

 素直にすくすくと育つ子どもたち。何年経っても変わらぬ愛を注いでくれるエリオット殿下。

 こんな毎日……まるで夢を見ているみたいだ。


「…どうしたんだい?クラリッサ。なんだかぼーっとしてる。…疲れた?」


 乳母にリオナを渡すと、ジェイミーとソフィアがその辺ではしゃぎ出して侍女たちが相手をしてくれている。それをぼんやりと眺めているとまた殿下が私を気遣ってくれた。


「いえ、少しも。…ただ…、あなたと結婚して以来、まるで毎日が夢のようだな、って…」


 この方の優しい瞳に見つめられると、いまだに胸がキュッと甘く締め付けられる時がある。特に、こんな風に幸せを噛み締めている時に。


 解けない恋の魔法もあるのかしら…。


(きっと相手次第なのよね。この方がこんなに素敵な人だから、私はずっと愛に満ちた人生を送っていられるんだわ)


「…僕もだよ、クラリッサ。君が同じように思ってくれていて嬉しい」


 エリオット殿下は少し照れたように笑ってそう言った。


「さ、そろそろ公務に戻るよ。さっきからウォルターの視線が痛いしね。今夜は早めに終わらせるつもりだから、待っていておくれ」

「ええ、もちろんですわ。…いってらっしゃいませ」

「ああ」

 

 私の頬を指先で優しく撫でると、殿下は兄とともに部屋を出ていく。


 最後に一度振り返った殿下と微笑みを交わして、私は心の中で彼に愛を囁いた。






   ***** end *****






 最後まで読んでくださった皆様、

 ありがとうございました!!








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結済】恋の魔法が解けた時 ~ 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました ~ 鳴宮野々花 @nonoka_0830_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ