第63話 転げ落ちた夫婦(※sideアレイナ)

「なぁ、もっと真剣に考えてくれよアレイナ!何でそんなにやる気がないんだお前は!!」

「…………。なぜ私にそんなことを言うのよ。この家の当主はあなたでしょう?お義父様はもう死んだのよ」

「だから!!だからこんなことを言ってるんじゃないか!もう頼れる人間はいない…。俺たちでどうにかするしかないんだよ!このままだとその日を生き延びるためのパンさえもう手に入れられなくなるんだぞ!何かいい案を考えろよ!これから俺たちはどうしたらいい?!」

「…いい加減にしてくれる?そんなことは当主のあなたが考えることでしょう?!」

「俺は全てお前の言うとおりにしてきた!その結果が今のこの惨状なんだ!お前が責任をとるべきだろう!」


 本気で言ってるのかしら。

 自分の意志で私を選び、親を騙して私と結婚する道を選んだくせに…、私だけのせいにするつもり?

 口角泡を飛ばして必死になって私を責め立てるダリウスを見ていると、自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じる。

 こんなにも頼りない男だったなんて。自分の力では何一つできないじゃないの。


(…私は……こんなしょうもない男に自分の人生を賭けてしまったの…?)


 エリオット殿下の妻になる夢が叶わず、せめて公爵夫人になって私より評価されてきた妹を見返すつもりだった。

 責任の重い王太子妃よりも優雅に楽しく人生を謳歌して、あの女に妬まれたかった。


 それなのに……何なの、この男。ディンズモア公爵家の令息だからこそ、これまでの教育で培ってきたはずの素晴らしい経営手腕を発揮してくれると思っていたのに。親が死んで頼れる家令に逃げられた途端、どうすればいいどうすればいいの繰り返し。


 全てを賭けていたのに。私を屈辱まみれの人生からきっと救い出してくれる、そしてそれに代わるドラマチックな人生の主役にしてくれるはずだと、こいつに期待していたのに。


 なぜ私はこんな男を選んでしまったの?真実の愛だなんて自分に言い聞かせて。恋をしているつもりになって……。


(……たぶん、私は最初から、この男のことなんてちゃんと見ていなかったんだわ…。ただ公爵令息の肩書に惹かれただけ…)


 でも私は自分の失敗を認めたくなかった。

 だってもう、他の道は一つも残っていないのだから。


「……だいたい何でお前は店に出てないんだよ!母もあれだけ口酸っぱく言っていただろう?!従業員を大幅に削減したから人手が足りてないんだって。あの店が一番の稼ぎどころなんだぞ!ちゃんと働けよ!!」

「…うるさいわね、分かってるわよ。私にもいろいろやることがあるんだから!……あ、そうだわ。いい案を思いついた」

「何っ?!な、何だ。どうすればいい?」

「店で待ってるんじゃなくて、あなたが商品を売り込むのよ。高位貴族の屋敷を回って買ってくださいって営業をかけるの」

「そっ!そんなみっともない真似ができるか!!ますます笑いものになるだけだろうが!!お前は馬鹿なのか?!」


 ダリウスの言葉に私はカチンときた。まるでミリーのようだ。あいつもよく他人のことを馬鹿だ馬鹿だと言っていた。


(こんな不出来な男にまで馬鹿にされる筋合いないわ)


 私はすっかりダリウスのことを見下していた。家を出る前にミリーが言っていたことが正しかったと今なら分かるからますます腹が立つ。


「馬鹿はあなたの方でしょう?!私に文句言う暇があったら自分で考えて何かしなさいよ!」

「…………っ!……失敗だったな、この結婚は……。やはり両親が正しかったんだ。あんなに強引に俺と結婚しようとしたんだから、きっとこの家のためにしっかり働いてくれるものだと思っていたのに……お前を当てにしていたから、全てを賭けたのに……」


 こいつも私と同じようなことを思っていたらしい。偉そうに。無能な男に“失敗”だなんて言われたくない。




 言い争いは日々増えるばかりだった。楽しいことなんて一つもない毎日。生活はどんどん貧しくなり、華やかな世界とは一切交流もなく心は荒むばかりだった。実家の両親からも金がない何とかしろとせっつかれ、給料の未払いがかさみ残った従業員たちからまで訴えられた。ダリウスは毎日オロオロしたり頭を抱えて唸るばかりで何もできない。


 ついにディンズモア家は領地の全てを手放す羽目になってしまった。立ち行かなくなった私の実家もわずかな領地さえも手放した。転げ落ちるのはあっという間のことだった。


「……へ……平民……?お、俺が……?嘘だろ……。これから……どうやって生きていけばいいんだよ……」

 

 震える夫の隣で、私はただ呆然としていた。


(…あーあ。…結局一度も、ディンズモア公爵夫人としてお茶会を開くことなんてできなかったな……)


 魂が抜けたようだった。ミリーのあの意地の悪い笑みが頭の中に浮かんでくるのと同時に、あの女のことを思った。


 向こうは今頃王宮の中庭で優雅な茶会でもしているのだろうか。

 私たちの噂話を喜々として語る高貴なご婦人たちに囲まれながら。




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