第62話 誰も頼れない(※sideダリウス)
かろうじて手元に残しておいた現金に全て手を付けてしまったことは、卒業後すぐに両親にバレた。
心身共に衰弱しきっていた父はその事実に気づくやいなやすぐに俺を呼び出し、ゼーゼーと荒い呼吸をしながらベッドの上で上体を起こした。
「ど……どういう、ことだ、ダリウス……。あ、あの金は、いざという時のために残しておいた、最後の現金だったのだぞ……!貴様……、い、一体、何に使ったのだ……!!ゲホッ!ガホッ…」
母は顔面蒼白になりながら父の背中を支え、怯えたような顔で俺を見上げる。
「あ、あるのよね?ダリウス。まさか、全額使ってしまったわけではないでしょう?ね?早く言って。どこにあるの?」
祈るようにこちらを見つめる父と母に俺は必死で謝った。
「…どうしても、早急に必要だったのです。…その、ちょっとした揉め事がありまして……。ですが!!必ずすぐに取り戻します!お、俺も卒業したことですし、明日から本腰を入れて領地の経営改革をします。アレイナも、こういうことには聡い女ですから……きっと、何か新しい金儲けのいい算段があるはずです!夫婦で力を合わせてこのディンズモア公爵家を盛り返していきます!」
「…………ぐ……っ……、こ、この……親不孝者めが……」
「…あ、あなた……、あなた!!」
父を安心させようときっぱりと言い切ったつもりだったのだが、父は真っ赤に充血した目で俺を睨むと、そのまま気絶するように意識を失ってしまった。その場にいた侍女が慌てて医者を呼びに行く。
そしてそれからほんの数日後、父は息を引き取ったのだった。
俺は焦った。親の死を悲しむ余裕など一切ないほど頭が真っ白になった。
まだまだ父の力が必要だったのに。経営改革をするなどと言っても、俺にはまだ何の知識もない。いや、公爵家の息子として幼少の頃からこれまで多くの時間を経営の勉強にも費やしてきたはずだったのだが、いかんせん座学が大嫌いで逃げ回ってきた俺だ。半ば無理矢理椅子に座らされ学ばされた知識など一つも身についてはいなかった。覚えよう、自分の頭で考えようという努力を何一つしてこなかったからだ。婚約者のクラリッサが優秀であることに気づいてからは尚更何もしなくなった。大丈夫だ。俺が覚えなくてもクラリッサが代わりに学んで働いてくれる。全てこいつに任せておけばいい。そう思っていた。だからこそ、あいつと婚約破棄してからは学園を卒業するのさえこんなにも苦労したのだ。
(嘘だろう……?もう父のアドバイスも手助けも何もナシで、これから俺がディンズモア公爵家を背負っていかなきゃならないのか……?)
愕然とした。無理に決まってる。荷が重すぎる。どこからどう手を付ければいいのかさっぱり分からない。もうわずかな軍資金さえ残っていないんだ。父の死以降母はすっかり憔悴しきっていて頼れる状態ではない。
ここからどう這い上がればいいのか分からない。
「な……!や、辞めるっ?!どういうことだヘクター…!お前の家はもう何代にも渡って我がディンズモア家に仕えてきたじゃないか…!」
これから先のことを相談しようと思っていた矢先、家令が突然退職を申し出てきた。父のそばで何十年も働いてくれた男だった。
「…申し訳ございませんが、ダリウス様、もう私にできることは何もございますまい。旦那様はお亡くなりになり、奥方様は離れへ籠もり静養しておられる…。そばには気心の知れた侍女たちがついております。彼女らに任せ、私は故郷へ帰らせていただきます」
「み……っ、見捨てるつもりかっ!」
「…私のお給金は、もう半年分いただいておりませんが…」
「…………っ、」
「ですが、もうそれは構いません。ただもう、私の役目は終わったものと思っております。人生の最後は故郷で穏やかに過ごしたく思いますので…」
「いや、ま、待ってくれ。給料は滞納してしまっているが、必ず払う!だからもうしばらく辛抱してくれないか?な?お前、長くこの家の金銭を管理してきて経営にも詳しいだろう?父上の時のように、今度はこの俺をサポートしてくれよ。経験不足の俺たちじゃここからどうやって立て直したらいいのか…」
「ダリウス様、残っていたディンズモア家の資金に勝手に手を付けられてしまい、もう立て直す術などございません」
「うっ……」
「かくなる上は領地を整理して売り払い、一から出直すしかないかと」
表向きは物腰の柔らかだった家令にそうきっぱりと言い切られてしまい、返す言葉もない。
「し…………しかし……公爵領を失えば、もううちは公爵家ではなくなる……」
「当然でございます。ですがそれは全て、あなた様が招いた事態では?」
「な……っ!」
「ジェニング侯爵令嬢、現王太子妃殿下を粗末に扱い、多額の慰謝料を支払った上に、没落したフィールズ公爵家のお嬢さんを娶り、そちらのご実家の世話までしなければならなくなった。その上家の金は全て使い切っておしまいになった。…このような状況で、どうやって公爵家を維持していくと?」
「…………っ、」
「もうそんな段階ではございませんよ、ダリウス様。あなた様はご自分がなさったことの後始末をして少しは理解すべきです。これまでディンズモア公爵家のご当主が代々築き上げてきたものを全て無にしてしまった責任を」
「…………そ……、そん、な」
「では、どうぞお元気で」
諦めと軽蔑の入り混じった目で俺をじっと見ると、長年勤めあげてくれた家令は何の未練もなさげにこの屋敷を後にしたのだった。
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