第56話 卒業の夜
「卒業おめでとう、クラリッサ」
「ふふ。ありがとうございます、殿下」
学園を卒業した日の夜。私はエリオット殿下と二人きりで、王太子殿下の私室で祝杯を挙げていた。
(いろいろなことがあったけれど、……過ぎてしまえばあっという間だったなぁ)
辛かったこともたくさんあったはずなのに、今となっては全てがいい思い出だ。
こうして殿下がいつもそばで私を見守っていてくださったからかもしれない。
「大変だったろう?学園生活は。特に後半は学園での勉強に加えて王太子妃教育も始まって…。だけど、さすがは君だね。もう非の打ち所がないほどに完璧な王太子妃になれるよ。教師たちも皆舌を巻いていたそうだよ、君の覚えの速さに。…君は自慢の婚約者だ」
そう言うと殿下は私のそばに寄り添い、そっと髪を撫でてくれる。
「ありがとうございます。…ですが、大変だなんて思いませんでしたわ。…あなた様に相応しい妻になりたくて……ただただ、必死でした。それだけです」
「……クラリッサ……」
殿下は愛おしげな瞳で私を優しく見つめると、そっと額にキスをしてくれた。そして頬にもキスをしながら、私のことを柔らかく抱き寄せる。
その腕の中でうっとりと幸せを噛みしめていると、殿下の体が私から少し離れた。名残惜しくて見つめていると、殿下は戸棚の奥から何かを取り出してきて、私に手渡した。
「……?これは…」
「僕からの卒業祝いだよ。開けてみて」
「まぁ…っ!…嬉しいですわ、殿下。…何かしら」
丁寧にラッピングされた小さな包みをゆっくりと開くと、中から出てきたのは美しいネックレスだった。ピンクダイアモンドがふんだんにあしらわれ、その繊細で可愛らしい色彩の輝きに思わず見とれてしまう。
「……なんて、美しいんでしょう……」
「君にぴったりだと思ってね。優しい色味で、優雅に輝いている。…着けてもいいかい?」
「は、はいっ…」
感激のあまり思わず涙ぐみながらそう返事をすると、殿下はクスッと笑いながらネックレスを取り上げ、私の首にそっと着けてくれた。まるで壊れ物を扱うように、とても優しく。
私は嬉しくなって立ち上がり鏡の前まで行くと、自分の白い首元でキラキラと無数の輝きを放つネックレスに見とれた。このピンクブロンドの髪にもすごく合っている。
「……素敵……」
「…気に入ってくれた?」
殿下は私のそばにやって来て後ろに立つと、私と同じように鏡の中を覗き込んだ。
「もちろんです、殿下……。あ、ありがとう、ございます……。一生、大切にしますわ……」
喜びに声を詰まらせながらも、私は必死で感謝の気持ちを伝える。
すると殿下は腕を回し、私の体を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「……僕もだ。一生、大切にするよ」
「……っ、……殿下……」
私のことを言ってくれているのだとすぐに悟り、嬉しさと気恥ずかしさで頬が火照る。すぐそばに感じる殿下の体温にドキドキしながら、私はゆっくりと振り返った。目が合うと、殿下はそっと私に唇を寄せる。
今鏡の中に、甘いキスを交わす幸せな二人の姿がきっと映っているのだろう。
(…こんなにも、この方のことを好きになるなんて…)
婚約を交わした時から、もちろんエリオット殿下には良い印象だけを持っていた。傷付き弱っていた私を優しく見守り、励ましてくださった。おかげで私は少しずつ前に進むことができたのだ。
そしてその優しさは婚約者となってからも変わることなく、いやむしろ、殿下はますます愛情深く私のことを見守ってくれていた。
連日何時間も王太子妃教育を受ける私の元にたびたび足を運んでくださっては様子を窺い、困っていることはないか、辛くはないかと何度も気にかけてくれた。
お忙しい身でありながら私の休憩時間に合わせては部屋までやって来てくださり、私の話を聞きながら一緒にお茶を飲み、励ましてくださった。時には素敵な贈り物を持って。
殿下の優しい気遣いのおかげで、私たちの距離はどんどん縮まっていき、いつの間にか私も殿下に熱い恋心を抱くようになっていた。
後ろから抱きしめながらキスをしていた殿下が、ふいに私の腕を引き、くるりとこの体の向きを変えると真正面から私を抱きしめた。そして髪を撫でながら額にキスをする。
「…もうすぐウェディングドレスが仕上がってくるみたいだよ。楽しみだね」
「ええ。……でも、」
「?……どうしたの?何か不安なことがある?」
私が少しでも不安な顔をすると、こうしてすぐに気が付いて、気遣ってくださる。
優しい方なのだ、本当に。
「…いえ、ただ、……考えると緊張してしまって。セレモニーのことです。きっとすごく大勢の人たちからの注目を浴びるのですよね…」
「ああ、……ふふ。大丈夫だよ、クラリッサ。国民は皆君の美しい姿を一目見ようと、そりゃものすごく大勢集まるだろうけど、」
「そ、そんなこと仰らないでください…」
「ふふ、…だけど大丈夫だよ。隣にはずっと僕がいる。緊張したら、僕にしがみついていたらいいよ。僕がずっと支えているから」
「で、殿下……っ」
「本当だよ、クラリッサ。いつでも、どんな時でも僕が君を守るんだから。安心して」
「……はい」
殿下の優しい眼差しは、私の心を落ち着かせる。
(……幸せ……)
殿下の胸に顔を埋めながら、その温かな体温に包まれ、私は改めて自分の幸せを噛みしめたのだった。
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