第55話 ラトリッジの恐喝(※sideダリウス)
「何の給料って、そりゃもちろん、僕のこのおよそ1年半の頑張りに対する給料だよ。労働に対価を支払って欲しいんだ。むふ」
気持ち悪い笑い方をするラトリッジ伯爵令息に、俺はついに爆発しかかった。
「だから!それなら毎回きちんと払ってきただろうが!多額の報酬を!これ以上何に対して金を出せと言うんだ?!」
「えぇ?違うよぉディンズモア君。これまで貰っていたのは、物品に対する売価だよ。僕が作った品物に対するね。完璧に仕上げたレポート、宿題、作文、その他提出物。それらに対する金額だよ」
「だからそれを払ったって話だろうが!!これ以上俺がお前に金を出す理由がどこにある!!ふざけるな!!あまりにも調子に乗りすぎだぞ!!」
貧乏伯爵令息の分際で!俺の足元にも及ばぬ醜い容姿で偉そうにするな!
……とまでは、どうにか言わずに我慢した。しかしラトリッジはぷくぅと不気味に頬を膨らませると不満タラタラといった様子で言う。
「…何だよその態度。それが人生を助けてあげている恩人に対する態度なのかい?君はさ、菓子を買う時に金を払うだろ?んじゃ、その菓子を作ってくれた人に対する給料は?給料は支払われないの?その人は君のためにわざわざ無償で菓子を作り続けなきゃいけないのかい?何で?」
「……馬鹿かお前。俺はただの買い手だ。作って売ってくれないかと頼んだらお前が喜んで作って売ったんだろうが。その売り上げがそのままお前の給料だ!いい加減にしろよ!」
「いーや違うね。僕は元々作りたくなかったんだもん。君が雇ったんだよ。君は雇い主でもあり顧客でもある」
「滅茶苦茶だ!!とにかく俺はもうこれ以上金は出さないぞ!!出せないんだよ!!」
ああ、頭の血管がブチ切れそうだ。こいつめ……これまで散々ふっかけてきたくせに、まだこの俺から金を絞り取ろうって言うのか。
もう本当に一文無しになりそうなんだよこっちは!!
「……あっそ。……はぁ。なんか馬鹿馬鹿しくなってきちゃったなぁ。僕はプライベートの時間をすり減らしてまで、君のために頑張ってきたのになぁ」
……あ。こいつ、何だかんだ言って卒業論文を投げ出す気でいやがる。
そのことを感じ取った俺は、胃酸が噴き出しそうなほどの苛立ちを必死で沈めながら無理矢理笑顔を作る。ああ、クソ、頬が引き攣る。
「……悪かったよ、大きな声を出してさ。な、頼むからそんなこと言わずに、これまで通りの報酬で最後の卒業論文までやってくれよ、ラトリッジ伯爵令息。君には一生感謝するからさ」
「なら金を払ってくれよ。その卒業論文代とは別に、これだけ」
ラトリッジはあばた面の頬を膨らませながら、両手の指を上げ俺に向けた。
「………………別に、10万か?」
「まさか」
「100か?!」
「まさか。君の人生を助けてきたんだよ、僕。そんなはした金な訳がないでしょ?」
「…………は?…………いくらだと言ってるんだ、お前」
「1000万。当然でしょ?」
クラリ、と目まいがした。冗談抜きで。こいつ、いかれてやがる。
「…………ふ、……ふは、……無理だ。払えるはずがないだろう。どうしたんだ?お前。頭がおかしくなったのか?いいから黙って卒業論文を仕上げてこいよ。それで終わりだ」
「払わないなら書かない。ついでに学園側に暴露するよ。君が入学以来これまでずっと、全部ジェニング侯爵令嬢や僕に宿題や提出物をやらせてきていたってことをね。そうなったら君ももう終わりだね、卒業できないどころか、おそらく退学処分だよ」
「……っ!!今さら何を言うんだ!汚いぞ、この不細工が!!」
ついに言ってしまった。
しかしラトリッジは気に留める様子もなく淡々と言う。
「うちの学園はそういったところに厳しいからね。ディンズモア公爵家の子息とはいえ退学は免れないよ。むふ。僕やジェニング侯爵令嬢はディンズモア公爵令息にきつく脅されていて仕方なく従っていたことにするよ。君は腐っても一応公爵家のご令息。伯爵家の僕や侯爵家の彼女は強く迫られれば逆らうことができなかったんだ。だって社交界で僕や家族がどんな酷い目に遭わされるか分からないんだもの。そんな脅され方をしていたんだもの。ああ、可哀相な僕とクラリッサ嬢」
「きっ、貴様…………っ!!」
目の前のあばた面を殴りつけてやりたかった。ここまで来ておいて、今さら何て卑劣なことを……!自分だって金が欲しくて乗り気だったくせに……!
「クラリッサは貴様のような汚いことは一度も言わなかったぞ!!」
「あっはははは!彼女と比較しないでよぉ。彼女は女神のような心を持っていて、しかも君を愛していたわけだろ?そりゃ君のためなら無償で何でもやるだろうさ。でも僕は違うよぉ。お金が大好きだし、別に君のために無償で働きたくもない」
「く………………っ!!」
ラトリッジは勝者の笑みを浮かべながら面白そうに俺に向かって言った。
「どうする?ご両親に正直に話すかい?まぁでもその時にはこれまでのことを洗いざらいぜぇーんぶ話す必要があるなぁ。君の能なしっぷりがご両親に曝されることになるね。それでもお父上の力で学園に手を回してもらえば案外卒業はさせてもらえるのかなぁ。……まぁ、今のディンズモア公爵家にそこまでの力があるのかは……んふ。疑問だけどねぇ」
「……貴様……」
父に話す勇気などあるはずもない。学園生活の全ての試験があんなにひどい成績でもどうにか進級できてきたのは、クラリッサやこいつのお陰だなんて。全ての提出物を全部人にやらせていただなんて、こんな状況になった今、なおさら言えるはずがない。ただでさえアレイナとの結婚や虚偽の妊娠騒動のいざこざで今にも絶縁されそうなほどに険悪な状態なのだ。
これ以上両親を失望させれば、俺はどうなるか分からない。
手元に現金が全くなくなる状況を作るわけにはいかないからと、わざわざ経営店舗やタウンハウスまで売り払って父が残していた金に、俺は震えながらも手を付けた。恐怖と罪悪感に押し潰されそうになりながらも、俺は自分に言い聞かせていた。
(……大丈夫だ……これから巻き返していけばいい……。アレイナが助けてくれるはずだ……。卒業したら領地の仕事を手伝い、自分にできることなら何でもすると言ってくれていた…。アレイナが上手くやってくれるはずだ……彼女には度胸と知恵があるからな)
……大丈夫だ。絶対に上手くいく。
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