第54話 ラトリッジからの呼び出し(※sideダリウス)

 思わずアレイナの顔を見る。その場にいた俺の両親も、え?と言わんばかりの顔でアレイナの方を見た。アレイナは真剣な眼差しで両親に宣言した。


「ダリウスがこれから死に物狂いで働いてくれるわ!私との愛を貫くために。お願いですから今は耐えて、お父様、お母様。彼がこの窮地に陥ったディンズモア公爵家を復興し、お父様たちのことをちゃんと支援するわ。そのための結婚だもの。彼の能力を信じて」

「…………。」


 俺の両親はアレイナの方から俺の方に首をギギギ…と動かして、口元を引き攣らせた。


「……この愚息に……、ここから我が家を立て直すような商才や力量がある、と……?」

「信じてくださいディンズモア公爵!ダリウス様は愛のために力を発揮しますわ!私がおそばで支えますもの!この最悪な状況は長くは続きませんわ!」


 皆が絶望し、呆れ果て疲れ果てている中で、アレイナだけが目を輝かせていた。


(……そうか。親たちの前で俺を立ててくれているんだな、アレイナは。本当は俺と一緒に働きながら何か妙案を出してくれるつもりがあるんだろう。…彼女に任せよう)


 金はきっとアレイナが生み出してくれる。俺はまぁ、これ以上できるだけ浪費せずに生活していくしかないな。うん。




 ところが、事はますます深刻になる一方だった。




 次なるつまずきは、ネルソン・ラトリッジ伯爵令息だった。



 

 卒業目前となった頃、俺はラトリッジの方から放課後学園の空き教室に呼び出しを受けた。


「やぁ、ラトリッジ伯爵令息。君には本当にだいぶ世話になったよ。レポートから外国語作文に宿題まで……何もかも頼んで悪かったね。無事に卒業までこぎつけられたのも、ひとえに君のおかげさ」

「…感謝してくれているかい?」

「……。ああ!もちろんだよ。君は天才だ」


 ヤツの生意気な一言に笑顔で応じながらも、腹の中は煮えくり返っていた。ふざけるなよ、この不細工が。何が感謝してくれているかい?だ。毎回毎回高額な報酬を俺からもぎ取っていたくせに…。クラリッサみたいに無償でやってくれてこそ感謝する気にもなるんだよ、馬鹿が。

 しかしそうは言ってもあの頃の俺はクラリッサにろくに感謝もしていなかったな…、などという切ない後悔が頭をよぎりながらも、俺は笑顔を貼り付けていた。


 ラトリッジのヤツは俺の返事を聞くなり椅子にふんぞり返ると、腕を組んでふーーっと大袈裟に溜息をついた。


「だよねぇ。まぁそりゃ感謝してもらわなくちゃ困るよ。いくら僕が秀才だからってさ、本当に大変だったんだよ。何もかも他の生徒の2倍の量こなしてきていたわけだからさ。分かるかい?この大変さが。ディンズモア君よ」

「…………あ?」


 ディンズモア君、だと?

 何なんだこいつ。上から目線にもほどがあるだろ。分かってないのか自分の立場を。


 ブチ切れて怒鳴りつけたいところだが……まだ卒業論文が残っている。学園生活で培ってきた知識を発揮するための集大成ともいえる一番の大仕事だ。こいつの力なくしては乗り越えられまい。


「…ああ、分かっていると言ってるだろう。それを言いたくてわざわざこんな時間に俺を呼び出したのか?それなら悪いが、今日はもう帰らせてもらうよ。卒業後の仕事について覚えなきゃいけないことが山ほどあるんでね。うちは手広く商売をやってるから父から学ばなくてはならないことがいくらでもあるんだよ」


 暗にディンズモア公爵家の格の違いをほのめかしたつもりでいたが、ラトリッジのヤツはケラケラ笑いはじめた。


「またまたぁ、見栄張っちゃってさ。ジェニング侯爵家への慰謝料を支払うために結構な数の経営店舗を売り払ったと聞いているよ。王都のタウンハウスも一件売ったそうじゃないか。いやぁ大変だねぇ。まぁ、王太子殿下の婚約者ともなられたお方の実家を敵に回してしまったようなものだもんなぁ。ドゥフフフ」

「…………っ、」


 こ、こいつ…………!


 社交界でも学園でも、俺たちの泥沼裁判の結果はすでに知れ渡っている。しかし、まさかこんな小物にまで馬鹿にされるとは……屈辱にもほどがある。

 ダメだ、落ち着け。冷静になるんだ。ここで言い返してこいつの機嫌を損ねたら卒業論文ですさまじく苦労をするはめになる。

 もう俺にはそんな気力は残っていない。


 歯噛みする俺の様子を愉快そうにニタニタと笑って眺めながら、ラトリッジはゆっくりと言った。


「まぁでも、僕はそんな君でも決して見捨てないよ。腐ってもディンズモア公爵家の息子だもの。まだまだ手元に現金ゼロってワケでもないんだろう?ん?」

「……。ああ。…いや、正直毎回毎回君に支払っている報酬額がデカすぎてもうこちらも限界ではあるんだが、まぁ卒業論文の代行の礼まではきっちり払わせてもらうよ」

「うん、もちろん。んでね、それとは別にお給料もいただきたいなぁ、って思ってね」

「…………は?何の給料だ?」


 ラトリッジの信じがたい言葉に、俺は思わず低い声を上げた。





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