第57話 結婚セレモニー
「……美しいな、我が娘ながら思わず見とれてしまうよ」
「まぁっ、お父様ったら。ふふ」
ついに迎えたエリオット殿下との結婚セレモニーの日。王宮の一室で大勢の侍女たちに囲まれウェディングドレスを着せられた後、時間をかけて髪を丁寧に結い上げられながらメイクも施され、アクセサリーが次々と運ばれてきて……と、着々と身支度が整えられていく私の姿を両親が見に来てくれているのだ。今日は一日中予定がぎっしりで、きっとご両親とゆっくり話す時間もないだろうからと、殿下が呼び寄せてくださったらしい。
ニコニコと私を褒めそやす父の横で、母はさっきからずっと涙を拭いながら嗚咽を漏らしている。
「……お母様」
「まったく。いつまで泣いとるんだお前は。せっかくのエリオット殿下のはからいだぞ。こんな間近でじっくり見られるのだから、娘の美しい晴れ姿をもっとしっかり目に焼き付けておきなさい」
父の言葉に母はコクコク頷きながらも、やはり涙は止まらない。
「ええ、ええ……。分かっているのよ。だけど……もう、私、胸がいっぱいで……。本当に、よかったわねクラリッサ…。こんなにも幸せな日が訪れるなんて……」
「……おかあさま……」
母の思いを感じ取り、私まで胸がいっぱいになる。子どもの頃からずっとディンズモア公爵令息のことを一途に慕い続け、彼の良き妻になるためにと必死で頑張っていた日々。そして他の女性を愛したからと、真実の愛を見つけたからと言って、彼から突然婚約を破棄された日。いわれのない虐めの加害者にされ、学園でも噂の的になり、辛かった日々。私が苦しみながらも様々なことを乗り越えてここまで来たことを母は知っているから、感極まっているのだろう。本当にたくさん心配をかけてしまった。
「…これまで私を育ててくださって、本当にありがとうございました、お父様、お母様。私、ジェニング侯爵家の娘として恥じることのない立派な王太子妃になってみせます。エリオット殿下をお支えし、力を合わせて民のために働きますわ。安心してくださいませ」
「……クラリッサ……ッ!……ぅ……、よ、よかったわ……本当に……」
「……お前はもう充分に私たち夫婦の誇りだよ」
感極まった父と、その隣で号泣しはじめた母。それを見ている私もまた、堪えきれずに涙がポロポロとこぼれ落ちてしまった。
「あらあらクラリッサ様!どうぞお気を静めてくださいませ…。お化粧が崩れてしまいますわ」
「あらまぁっ、大変…」
侍女たちが数人慌てて駆けよってきては私の顔をペタペタと拭いたり触ったり、お粉をはたいたりしはじめた。
王宮の大広間で執り行われた式典は滞りなく終わり、私はエリオット殿下の隣に立ち王宮前に集まった群衆にバルコニーから手を振った。
(…すごい人数…。もちろん想定してはいたけれど、実際にこうして目にすると圧巻だわ…)
こちらを見上げる民たちの目はキラキラと輝き、皆の期待を強く感じる。エリオット殿下、クラリッサ妃殿下、おめでとうございます、と口々に叫ぶ声がここまで届く。
「…震えてるの?クラリッサ。大丈夫かい?」
カチコチに固まっている私とは対照的に、落ち着いた笑みを浮かべ慣れた様子で民に手を振っていた殿下が、私を見つめて言った。殿下の片腕に通した私の指先は緊張のあまり冷たくなっている。
「…ええ、大丈夫です殿下。…ただこうして民たちを見ると、改めて自分の背負った責任の重さを感じて…。…しっかり務めなければ…」
思わず殿下につかまった指先にグッと力が入る。殿下はそんな私を見てクスクスと笑いながら言った。
「…大丈夫。君は僕が選んだ人だ。そして国王や王妃、大臣たちや教師陣からも認められた逸材なんだよ。これまで自分が頑張ってきたことを思い出してごらん。それと、……いつでも僕が君を守る。そのことを忘れないで」
「……殿下……。…はい。ありがとうございます」
穏やかで愛情に満ちたエリオット殿下のその微笑みはとても頼もしく、この人を信じてついていけばいいのだと心から思えて、私は同じように笑みを返したのだった。
その後は殿下と連れ立って、王家のセレモニー用の豪奢な馬車に乗り込み、王都の大通りをゆっくりと回った。どこもかしこも私たちに手を振りながら歓声を上げる人々で溢れかえっていて、皆がまた口々に祝いの言葉を贈ってくれている。
「きゃぁぁっ!なんてお美しいんでしょう…!妃殿下、おめでとうございます~!」
「素敵~!エリオット殿下、クラリッサ妃殿下、おめでとうございますー!!」
好意的な民たちの言葉や雰囲気にホッとしながら、私は皆の期待に応えるように殿下と共にいつまでも手を振り続けた。
そしてその夜、王宮の大広間で結婚祝賀会としての晩餐会が行われた。もうすでにクタクタで足が棒のようだったけれど、ここで気を抜くわけにはいかない。隣のエリオット殿下は微塵も疲れを感じさせない笑顔を昼間からずっと浮かべているのだ。
(わ、私も見習わなくては……!)
「……クラリッサ、疲れただろう。大丈夫かい?もう少しだからね」
「っ!……殿下…。ええ。大丈夫です。……私、疲れているような顔をしていますか?申し訳ございません」
席についた途端、殿下が小声で私を気遣ってくれたのだ。また心配をかけてしまった…。
「ううん、顔には出ていないけれど、こんなにも一日中気を張っていたら疲れるのは当然さ。…もしも具合が悪くなったりしたら我慢せずに言うんだよ。後は僕がどうにでもするから。いいね?」
「……はい。……ありがとうございます」
殿下のこんな細やかな心遣いに触れるたびに、どんどん好きになっていく。…こんな人と夫婦になれるなんて、私って本当に幸せ者だわ。
(大丈夫。この人の隣にいれば、最後までちゃんと頑張れるわ)
会場を見渡せば、父や母が誇らしげな顔で周囲の人々と会話をしているのが見える。殿下の傍に立っている兄と目が合うと嬉しそうに微笑んでくれる。
何人もの高位貴族の方々が次々に挨拶に来る。その一人一人に殿下と同じように笑みを返していきながら、私はここにはいないあの人たちのことを思った。
かつては愛していた人。
私をひどく傷付けた人たち。
こんな華やかな席にいないことが信じられないほどに、栄華を極めていたあの家の人々…。
(……今頃、何をしているのかしら……。あの人たちは、今どうやって暮らしているのだろう)
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