第49話 負け惜しみ合戦(※sideアレイナ)

 何なの?!本当に何なのよあの女!!


 向こうは王太子殿下の婚約者。こっちはこれから多額の財産を一気に失う没落も危うい公爵家の娘。しかも裁判では負けた側。そう見下されるのは癪に障るから、私は「今の自分は不幸ではない。あんたを捨てた公爵令息からたっぷり愛されて幸せだ」と言ってやりたかった。


 それなのに……、逆に殿下に愛されている自慢に、王太子妃教育さえすらすらこなせる賢さ自慢をされ、挙げ句の果てには見返すとか格上格下なんて考えるのはくだらない思考だと暗におとされた……!!


(…絶対に許さないわよ…あの生意気な女…!!ふん…、どうせこれからはずっと苦労の連続よ。王太子妃なんて並の女に務まる職務じゃないんだからね。幸せ自慢をしながらも向こうがどんどん苦しんでいく中、私はダリウスの能力でディンズモア公爵家、フィールズ公爵家共に見事に復興して再び富と権力を得て……この国で一番憧れられる公爵夫人になるんだから。せいぜい後から後悔すればいいんだわ。身の丈に合わぬ地位なんて諦めていればよかったって。アレイナ様が羨ましくてたまらないって。私は負けたんだって!)


 そうよ。最後に勝つのは絶対に私に決まってる。だって私はすごいのよ。皆が私よりも上だと信じ込んでいたミリーのことだって蹴落としてやった……!


(……そうよ、ミリー。あいつもうすぐうちからいなくなるんだったわね)


 むしゃくしゃした気持ちが収まらない私は、最後にこれまでの鬱憤を晴らしてやることにした。






 学園から帰宅後、ミリーの部屋に向かう。

 扉の外に立つ護衛たちに開けるよう命じると、私は一人中に入った。

 床にぼんやりと座っていたミリーは目の下に真っ黒なクマを作り、うつろな視線で私を見上げた。


「…………。」

「……ふん。その様子だともうお父様から聞いたようね。落ちるところまで落ちたわねぇ、ミリー。王太子妃になるとあんなにも威張り散らしてしたくせに、あんた娼婦になるのよ。ふふふ……あはははは!残念だったわねぇ。ね、今どんな気持ち?悔しい?怖い?ふふ……、怖いわよねぇ。もう二度とこのティナレイン王国には戻ってこられないのよ。分かる?あんたはこれから先の人生ずっと独りぼっちで、女を買いに来た男たちの相手だけをして暮らしていくのよ!あ、でもまともな娼館に売られれば成人するまではただの雑用係でいられるかもね!毎日毎日せっせと客の相手をした後のベッドを整えてまわるのよ。それもいいんじゃない?何にせよ、これまでの人生とは全く違う生き方だわ。あんたが娼館の床磨きをしている頃、私はディンズモア公爵家の中庭で優雅にお茶会でもしているでしょうね。うっふふふふふふ…」


 さぁ、泣け。喚け。私を睨みつけて悔しがれ。

 

 勝ったのはこの私よ。


 私はワクワクしながら反応を待った。せめてこいつだけでも期待通りの顔をして私に勝利を確信させてほしい。


 だけどミリーの言葉と表情は、私の望んだものではなかった。


「……あんた、一体何をそんなにムキになっているの?やっぱり馬鹿は馬鹿のままなのね」

「…………はぁ?」


 何よこいつ。この期に及んで負け惜しみ?

 私が苛立つと、ミリーは薄く笑って言った。


「…何がディンズモア公爵家の中庭で優雅にお茶会よ。あんたにそんな日は一生訪れないのよ。分からないの?このフィールズ公爵家も、あんたの嫁ぎ先のディンズモア公爵家も、王家を敵にまわしているのよ?エリオット殿下の婚約者にひどいことしたんだもの。もう社交界の誰もがうちやディンズモア公爵家に関わりたくないの。仲良くするメリットないもの。どうせもうすぐ公爵の位も剥奪されるんじゃない?」

「…………は……?」

「そんなことも想像つかないの?私はむしろこの家を出られて良かったわ。ここにいたって共倒れ。どうせもう未来はないわ。それなら高級娼館だろうが何だろうが、他国に行って条件のいい男つかまえた方がまだだいぶマシよ。私のこの若さと美貌と教養と知恵があれば、あのディンズモアの馬鹿息子なんかよりずっといい男と結婚できるわ」

「……。……はっ、馬鹿じゃないの。娼館で男つかまえるですって?それこそ最下層の女のやることじゃないの。信じられないわ。下品な発想ねぇ」

「そういうレベルの話じゃないのよ。私のような女性が行くのは一般人には全く手が出ないような最高級の所なのよ。出入りするのもごく限られた富裕層だけ。その中から私に惚れる男たちの中で一番条件のいい男を選ぶだけよ。あとはきっと悠々自適の生活ね。……その頃あんたはディンズモアの馬鹿息子と一緒に借金まみれの貧乏生活にのたうち回ってるわ。地獄よねぇ。…ふ、……うふふふふふふ…」

「……な……っ!」


 土気色の顔で私を見上げながらニタニタ笑うミリーを張り倒してやりたかった。なんて負け惜しみなの。最後の最後まで本当に可愛くない……!

 激しい怒りと動揺で言葉が出てこないでいると、ミリーはさらに言った。


「あんた何を期待しているのか知らないけど、ちょっと買いかぶりすぎじゃない?ディンズモア公爵家の息子はあんたが思ってるような力は何もないわよ。ただの馬鹿だもの。頭の回転は鈍いし成績も悪い。そんな男にここまで墜ちた実家の復興なんてできるわけないじゃないの。しかもあんたは人の力ばかりアテにして、自分では何もやり遂げようとしない。できることと言えば他人をどうやって自分より下に蹴落としてやるかっていうくだらない目論見ばかり。そんな女がどうやってこの状況から脱するというの?無理なのよ、あんたには」

「……黙りなさいよ、娼婦が……!」

「あんたは絶対に私にもジェニング侯爵令嬢にも勝てないわ!あんたにそんな力はないの。あんたは一生私より下なのよ!!」

「──────っ!!」


 ミリーの最後の言葉は私の逆鱗に触れた。私はズカズカと近付くとミリーの髪を掴み、思いきり頬を殴った。


「……ふ……、ほらね、返す言葉もないものだから、すぐに暴力で憂さを晴らそうとする。公爵家の令嬢らしさなんて欠片もない。そういう低レベルなところが、あんたがエリオット殿下から選ばれなかった理由のひとつよ」

「うるさい!黙れ!!」

「負け続けの人生」

「黙りなさいよ!!見てなさい……全部あんたの方が間違ってたってことがいつか分かるはずよ!私とダリウスの真実の愛は全ての困難を乗り越えるんだから!!」

「……ふ……っ、まだ言ってるの……?真実の愛、真実の愛って……。すぐに格上の男によろめく真実の愛なんてあるもんですか。うっふふふふふふ……」

「…………っ、」


 ミリーの薄気味悪い笑い声を背中で聞きながら、私は部屋を出た。


 最後に絶望して悔しがる顔を見て私の勝利を確信し晴れ晴れとした気持ちになりたかったのに。


 ミリーの部屋を出る私の気分はますます苛立ち、塞いでいた。


(ふん……っ、何よあいつ。最後まで最低のクズだったわね。ダリウスに力がない?ただの馬鹿?ふざけるな。彼はディンズモア公爵家の嫡男よ。その辺の男たちとは受けてきた教育のレベルが違うのよ。彼についてさえ行けば、未来は開けてくる。私の波瀾万丈な人生は彼のおかげでこの後薔薇色になるのよ。そして私たちは真実の愛の元、幸せな夫婦として生きていくんだわ)



 そうに決まってる。




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