第48話 初めての対話

 私とエリオット殿下の婚約は瞬く間に学園中に知れ渡っていた。

 友人やクラスメイトたちは口々に祝福の言葉をくれ、あまり口を聞いたことのない人や全く喋ったことのない他のクラスの生徒たちからもよく声をかけられるようになった。


「あら!ジェニング侯爵令嬢だわ!このたびはご婚約おめでとうございます!」

「さすがですわ!ジェニング侯爵令嬢。いつも成績トップで優秀でいらっしゃいますもの…!殿下に選ばれるのも当然といったかんじですわ」

「どうか今後ともよろしくお願いいたしますわね。仲良くしてくださいませ!」

「ご卒業後の結婚セレモニーも私たちとても楽しみにしておりますわ!」

「……あ……ありがとう、ございます…」


(すごいな…。こんなに声をかけてこられるのも、きっと様々な思惑もあってのことなんだろうけど…)


 目をキラキラさせながら私の姿を追っている女子生徒たちに緊張しながら、私は廊下を通り過ぎた。





 学園卒業まであとおよそ1年半。卒業後はすぐにエリオット殿下と結婚する予定になったので、私はこの1年半の間王太子妃教育に全力を注がなくてはならない。趣味も悩みも何もかもかなぐり捨てて、私は毎日王太子妃教育に没頭していた。

 私の手を優しく握り、愛を囁いてくださったあの素敵な方に、私も精一杯の気持ちを返したい。

 私を選んでくださった、エリオット殿下のために。


(…そして、このティナレイン王国の全ての国民のために…。……うーん……。本当に考えれば考えるほど、責任重大な立場になってしまったのね、私)


 こうなってくるとこれまでの全ての悩みや過去の辛い出来事ももはやちっぽけなものに思えてくる。もうそれどころじゃないもの。しっかりと前を向いて勉強しなくては。



「あら。ごきげんようクラリッサ嬢」



 決意に燃えながら黙々と廊下を歩いているとまたふいに声をかけられ、私は咄嗟に「ええ、ごきげんよ…」と返事をしながら顔を上げ、驚きのあまり固まった。


(ア…………アレイナ様?!)


 私を睨むように見据えるアレイナ様が間近に立っていて、心底ビックリした。まさか、アレイナ様から私に声をかけてくるなんて…。え?は、初めてじゃない?

 睨まれたり不敵に笑われたり、そんな反応はあったけれど、こうして面と向かって話しかけられたのはおそらく初めてだ。これまでのこともあって、私は緊張に全身を強張らせながら挨拶をした。


「…ごきげんよう、フィールズ公爵令嬢」

「今日もこの学園は朝から随分と賑やかよねぇ。どこもかしこもあなたとエリオット殿下の話題で持ちきりよ。よかったじゃない。ご婚約おめでとう」

「…あ、ありがとうございます…」


 この人の妹君が婚約を破棄されたから私が殿下の婚約者に選抜されたわけで……一体どういうお気持ちでこんなことを仰るのだろうか。

 その目つきを見れば、もちろん好意でないことはしっかり伝わってくるけれど。


「さぞや嬉しいでしょうねぇ。ダリウスを私に奪われちゃったけど、ちゃんと私の妹を蹴落としてこの国最高峰の殿方を射止めたわけだもの。すごいわね。普段の大人しいぶりっ子技がちゃんと功を奏したじゃない。殿下もすっかり騙されちゃったわけね。ふふふ」

「…………。」


 好意がないどころか、悪意の塊だった。あまりに露骨な嫌味に思わず声を失う。


「ね、もしかして、私を見返してやろうと必死だった?だとしたら……残念ね。私はダリウスから全身全霊で愛されているから、今この世の誰よりも幸せ者だと自負しているわ。少しも悔しくも悲しくもないのよ。ダリウスったらね、毎日飽きもせずに私に言うのよ。君と出会えてから初めて本当の愛を知ったって。俺に真実の愛の歓びを教えてくれてありがとうって。ふふふ。今までは愛を知らなかったみたい」

「…………。」

「だからね、あなたがもしも調子に乗っているのだったら、一応言っておかなくちゃと思って…。ご自分のことをフィールズ公爵家の娘たちより格上だなんて、勘違いしない方がいいわ。まぁ妹のことはどうでもいいけど、…たぶんね、どちらが愛されていて幸せかと言ったら、間違いなくこの私なのよ。ごめんなさいね、浮かれているところを」

「…………。」

「王家に嫁いで、これからがきっと死にたくなるほど大変よねぇ。責任は重いし、殿下も別にあなたのことを愛しているから選んだってわけでもないでしょうし。たまたま、家柄や年齢なんかであなたがちょうどよかったってだけでしょうし。だから、勘違いしないでね。あなたが王太子妃になれるのは、ただの偶然なの。きっとこれから先勉強や公務ばかりで自由のない辛い人生でしょうけど、どうか頑張ってちょうだいな」


 …一体どうしてこんなおかしなことばかり言うのだろうか。

 どう返すのが正解かは分からないけれど、半分は心配してくれているような気もしたので私は素直に答えた。


「…ご心配ありがとうございます、アレイナ様。私は大丈夫です。エリオット殿下は愛情深いお方でとても優しくしていただいておりますし、王太子妃教育も今のところ順調です。覚えられなくて困っていることなどもありませんし…。それに、私はアレイナ様を見返してやろうとか、フィールズ公爵家のご令嬢方よりも格が上だなんて一度も考えたことはございません。そんなことはあまりにもくだらない思考ですもの。…今、私もアレイナ様もお互いが幸せで、本当によかったと思いますわ」

「………………はぁぁっ?!」


 私がそう言うと、なぜだか途端にアレイナ様の顔が引き攣った。目が吊り上がり、顔がみるみる真っ赤に染まる。


「何なのあんた!!馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!!人のこと見下して……許さないわよ!!見てなさい!最後に勝つのは私よ!絶対に私なんだから!!この……ぶりっ子女!!」


 そう言い捨てるとアレイナ様は渾身の目力で私を睨みつけ、そのまま去って行った。


「……………………。……え?」


 ど、どうしてあんなに怒ってしまったのかしら…。





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