第46話 逃がした魚(※sideダリウス)

(……信じられない……。まさか、クラリッサが王太子殿下の婚約者になるなんて……)


 ミリー嬢のスキャンダルの次に学園中で一気に広まったその事実を耳にした時、俺は驚きのあまり呆然とした。


 俺の元婚約者が……、俺が捨てた女が、王太子妃になるだと……?


 たしかに、フィールズ公爵家の娘が二人ともダメとなれば、他の高位貴族の娘の中から最も優秀で人望の厚い者が選ばれるのは当然だが、…正直想像もしていなかった。


(……何だか気まずいな。粗末に扱った女が、この国の王太子妃になるっていうのかよ……)


 しかもこっちはその殿下の婚約者の実家に慰謝料を支払うような立場だ。……これ、相当マズいんじゃないのか?社交界でのうちの立場はかなり厳しいものになるんじゃ……。父上も母上も、裁判の判決が出た日からどんどん神経を張り詰めている。ミリー嬢の件以降、フィールズ公爵家との縁を切ろうと躍起になってもいる。秘密裏に他の貴族家に俺との縁談の話を持ちかけたりしているようだが、今のところ成果なしといった様子だ。どこももううちとの関わりを断とうと必死なんじゃないのか……?


(…だが、もうアレイナとの結婚は無理かもしれんな…)


 正直に言うと、ここ最近のいざこざから俺のアレイナへの想いも妙に冷めてしまっていた。真実の愛なんて言って燃え上がっていたけれど……、もう今さらあそこの家との縁を結んだところでこっちには何のメリットもないしな…。むしろ借金まみれの家同士でくっ付いてどうする?共倒れになる未来しか見えないだろう。

 ……それに……、


(……俺は……かなり惜しいことしたんじゃないのか……?クラリッサを捨てるべきではなかったんじゃ……。殿下とクラリッサの婚約は、殿下自身が国王陛下に願い出たものだと聞いている。あの聡明なエリオット王太子殿下がわざわざそうまでして得た女だ。…それだけの価値があるってことだろ……?)


 クラリッサのことを思い返してみる。子どもの頃からものすごく可愛かった。そしてひたすら俺に一途だった。俺が両親から怒られている時に一生懸命庇ってくれていた。頭が良く、頼めば何でも手伝って助けてくれた。俺に文句を言ったり歯向かったりしてきたことは一度もなかった。


「…………。……はぁ……クソッ……」


 俺は……何でクラリッサを捨ててしまったんだ……。


 もっと冷静に、よく考えるべきだった。たしかにアレイナから愛を打ち明けられたあの時は、ジェニング侯爵家よりもフィールズ公爵家の方が権力も富もあるしメリットがデカいと思っていた。アレイナを選んだ方が俺自身の株が上がると思った。だが、クラリッサとアレイナをじっくりと比べると、……残念ながら、アレイナの方が優っているところなんて一つもない。しかも俺のあの時の選択の結果として、今ここまで窮地に追い込まれている。


 逃がした魚はあまりにも大きすぎた。


 だがエリオット王太子殿下との婚約が決まってしまった今、もうどう足掻いてもクラリッサを取り戻すことなんてできないのだ。


 うちは、ディンズモア公爵家は……、……そして俺は、これからどうなるんだ……?


 誰が俺を助けてくれるんだ……?


「……いた!ダリウス……!……ねぇ!ダリウスってば!!ねぇ!!」

「っ?!」


 これから先のことを思い呆然としていると、ふいに腕をグイッと強く引っ張られた。肩の関節が抜けそうな勢いだ。


「……なんだ、アレイナか……。ビックリするじゃないか」

「ちょっと、こっちに来て!!大事な話よ!!」

「…………。」


 今さら何の話があるというのだろうか。もう関わりたくねぇなぁ…。


 などと思ってしまっている自分がいた。クラリッサを逃したことが惜しすぎて、アレイナのことがますます色褪せて見えるようになっていた。






「……どうしたんだよ、わざわざこんなところで。もう授業が始まる時間だぞ」


 力ずくで中庭の片隅まで引っ張ってこられた俺は不機嫌だった。クラリッサは絶対にこんな強引なことはしなかった。ああ、もういちいち比べてしまう。


「授業なんてどうでもいいのよ!今はそれどころじゃないでしょう?!あなた、私たちの置かれている状況が分かってるわけ?!」


 ……いちいち上から目線で怒鳴りつけるなよ。こいつ、こんなに可愛げがなかったっけ。クラリッサならこんなこと絶対に……


「……ああ、よく分かってるよ。互いに追い込まれてしまったな。どちらの家も多額の金を失う結果になってしまった」

「なってしまった、じゃないわよ!!あなたがこれから立て直していかなきゃならないのよ!もっとしっかりしてちょうだい!」

「……。……ああ、そうだな」


 俺が?こんな状況に陥った家を立て直す?一体どうやって?無理に決まってるだろ。

 そう思ったけれど、ただでさえ目を吊り上げてガミガミ怒ってくるアレイナが面倒くさくて適当に返事をした。


「あなたのお父様は、私たちの婚約を白紙に戻そうとしているそうよ」

「…そうなのか?それは、困ったな」

「…ねぇ、何でそんなにやる気がない返事なの?!私の言葉聞こえてる?!」

「……ああ、ごめん。疲れ果ててるものだからさ。ちゃんと聞いてるよ。残念なことだよな」

「だから!!残念じゃ済まされないのよ!!あなたそれでいいの?!私たちが結ばれなくて平気なの?!真実の愛を語り合った私たちの仲が、引き裂かれようとしているのよ!!守ろうって気概がないわけ?!」


 アレイナが耳元でガミガミと怒鳴れば怒鳴るほど、精気が吸い取られていくようだった。もう面倒くさい、この女。早く解放されたい。適当に話を合わせて早く離れよう。


「……ごめん、アレイナ。分かっているよ。父にはちゃんと話すから、心配するなよ。な?」


 頭を撫でながら優しく言ってやると、ようやくアレイナは少し落ち着いたようだった。


「……もう言うだけじゃダメだわ。あなたのご両親はきっとフィールズ公爵家よりももっと条件の良い家との縁談を望んでる。…絶対にそれを阻止しなくちゃ。…ね?ダリウス。私たちがもう決して離れることができないのだと、互いの両親に示すのよ」

「……。……?それは……どういう意味だ?」





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