第45話 両親の怒りと恨み(※sideアレイナ)

 私の脳がその事実を素直に受け止めることを拒否していた。聞き間違いだわ。そんなことあるわけない。


「……なんで、……何でよ……。そんなわけないわ!!おかしいじゃない!!なんでよりにもよってあの女なのよ!!」

「うるさい!!ジェニング侯爵令嬢はお前などとは比べものにもならないほど優秀なご令嬢だ。品行方正で何一つ醜聞もなく、周囲の友人たちからの信頼も厚いそうじゃないか。その殿下のお眼鏡にかなったご令嬢を、我々は裁判にまでかけたのだ。……我が家は完全に悪者だな」


 自嘲するようにそう呟いた父の後ろで、母が深い深い溜息をつき、こめかみを押さえた。


 失敗した。こんなことになるなんて。

 あのあざといぶりっ子女が……殿下に見初められたってこと?冗談じゃない!!殿下は騙されてる!!私の方がいいに決まってるのに!!

 

(ああ、クソ……!ダリウスを奪うんじゃなかった。ダリウスがあの女の婚約者のままでいたらこんなことには……!そしてもっと上手いやり方でただミリーだけを陥れて、殿下にミリーは止めた方がいいと私が進言していれば……もしかしたら、いや絶対に、殿下は私を選んだはずなのに……!!)


 悔しさと腹立たしさで気が狂いそうだ。ムカつく……許せない……クラリッサ・ジェニングめ!!


 私の殿下を返してよ!!


「…うちが置かれた状況を理解しているの?アレイナ。あなたもミリーも、我が家を破滅に追い込んだのよ。ミリーの失態で王家には途方もない賠償金を、そして、あなたたちのせいでジェニング侯爵家にも……」

「……。…………ひっ」


 見たこともない母の凄まじい形相。低く震える声はこの世のものとは思えない恐ろしさだ。母の顔は私への憎悪に満ちており、今にも呪い殺されそうだった。


「……ミリーはもうこの国から追放する。あいつはフィールズ公爵家始まって以来の恥だ」

「……っ、ど……っ、どこへ……。……どこへやるのですか……?」


 もはや正気を保っているとも思えない両親の様子に怯えながらも、私はおそるおそる父に問い返した。


「…他国にやり、そこで稼がせる。失った分をできるだけ早く回収していく他、我々の生き残る道はもうない。あいつのことはもう娘とも思わん。…あんな性悪なクズでも、幸いマシな見目と若さだけはある」

「……っ!!ま……まさか……」


 その言葉に父の思惑を勘付いた私の心臓が大きく跳ねた。


「……し……娼館に……売りとばすおつもり、ですか……?」

「…他国の富裕層相手の高級娼館だ。内密に手配を整えた。使いものにならなくなるまであいつにはそこで働いてもらう」

「…………っ!」


 一瞬自分の置かれた立場も忘れ、私の胸は歓喜に沸いた。すごい!やった!ざまぁみろミリー!!し、娼婦……娼婦になるんですって!!ふふ……ふふふふ……。王太子妃になると散々調子に乗って自慢して、私を見下し続けてきたあのクソ生意気で大嫌いな妹が……娼婦……!!最下層まで墜ちたってことじゃないの。


 あいつは娼婦。私はゆくゆくは公爵夫人。やっぱり最後は私の方が勝つんだわ!あんな可愛げのない傲慢な女、私の相手じゃなかったってことよ!ざまぁみろ!!


「……おい、何をそんなにニヤニヤと嬉しそうにしているんだ、アレイナよ。お前の置かれた立場も過酷なものであることが分かっていないのか」

「……へ?……え、ええ。いえ。分かっていますわお父様」

「いや、分かっていない。ディンズモア公爵が我が家との婚約を解消したいなどと言ってきている。もちろん向こうだけ逃げさせることなどするものか。ジェニング侯爵家から慰謝料を請求されることになったのも半分は向こうの責任なのだからな」

「っ!!こ、婚約を解消……?!だ、ダメです!絶対にダメよ!」

「ならばお前たちがディンズモア公爵を説得しろ!!」

「……っ、」


 どうせうちとの婚約を今さら解消したところで、あちらだってジェニング侯爵家には慰謝料の支払い義務がある。……ミリーのせいだわ。うちが王家にも多額の慰謝料を支払うことで一気に貧乏貴族になると踏んで、もっとマシな家との結婚を考えているんだわ。


 冗談じゃない……!絶対にダメよ!!


 今は窮地に追い込まれていたとしても、……ダリウスはあのディンズモア公爵家の一人息子なのよ。きっとこれまでの公爵家の英才教育で培ってきた能力で家の立て直しができる男よ。彼が学園を卒業して領地の経営に全精力を注ぎ込めば、きっとすぐに巻き返しができるはず。うちのことも救ってくれるはずよ。


 こうなった以上、ダリウスだけは死んでも逃がすものですか!!





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