第44話 なんであの女が?!(※sideアレイナ)
ミリーが発狂したあの日から、私は毎日学園であの子の悪口を言ってまわった。あの子が本当はどれほど性悪な人間なのか。衝動的で、不埒で、しょうもない女なのか。
ミリーは両親から退学させられ、私は本性を現したあいつから顔や体中を傷付けられた可哀相な姉として皆に同情されはじめた。
「痛々しいな…、可哀相に、アレイナ。早く治るといいのだが」
「ふふ…、平気よこれくらい。お医者様も痕が残るような深い傷はないって言っていたもの」
「それならいいんだが…。それにしても、ミリー嬢には困ったものだな。フィールズ公爵家から王家に多額の賠償金を支払う義務が生じるわけだろう?…大丈夫なのか?」
「ん?…ええ、まぁ。どうにかなるんじゃないかしら」
ダリウスの言葉に私は口をつぐんだ。そりゃ心配にもなるわよね。婚約者である私の実家が大損害を被るわけだもの。ディンズモア公爵家にとってもゆゆしき事態だわ。
あのジェニング侯爵令嬢との婚約を蹴ってまで私の方を選んだ意味がなくなるわよね。
(だけど、私が殿下の次の婚約者に選ばれれば、それも杞憂に終わる。王家は王太子の婚約者の家から賠償金など取らないだろうし……そもそももう、その時にはダリウスには関係のない話よ)
こうしてダリウスと話していると、この後この人を裏切ることに対して多少なりとも罪悪感は湧いてくる。私は真実の愛を語り合ってきたこの人を捨てて、エリオット殿下の元に嫁ぐのだから。
(悪いとは思っているわ、ダリウス…。でも仕方がないの。フィールズ公爵令嬢である私をおいて他にいないもの、殿下の妃となる女なんて。王家がそれを望むのならばたとえディンズモア公爵家とはいえ歯向かうことはできないはずよ)
きっとダリウスは、私との愛を貫きたいでしょうけど。
私だって、本当にそのつもりだったのだけど。
ミリーが王太子妃に相応しくない女だったのだから、もう仕方ないわ。うん。
自分自身に何度もそう言い聞かせながらも、私はずっと高揚していた。まだ?まだなのかしら、王家からの婚約の打診は。今日こそ帰ったら父が言ってくるかもしれない。アレイナ、エリオット王太子殿下はお前との結婚を望んでおられる、と。
「お帰りなさいませ、アレイナお嬢様。…旦那様が居間でお待ちでございます」
「っ!……そう。分かったわ」
屋敷の扉をくぐるなり急いでそばに寄ってきた侍女にそう言われた私は、思わず声を上げそうになった。
来た!来たわ!ついに来た!!
私は高鳴る鼓動を抑えきれずに早足で居間に向かった。
「……座れ、アレイナ」
(……?……あら……?)
青筋を立てた父と真っ青な母の表情を見た途端、私が待ち望んだ内容の話ではないと理解した。突如大きな不安が襲ってくる。……一体何事だろうか。
私がおずおずと椅子に座ると、父は私を
「……まず、ジェニング侯爵家との裁判の結果だ。お前がジェニング侯爵令嬢から執拗な虐めを受けていたという事実はどこからも一切出ず、今回の婚約破棄はただお前とディンズモア公爵令息との身勝手な感情から行われたものであるという判決が出た」
「……そ、そんな……、ですが私は」
「口を挟むな。よって我がフィールズ公爵家とディンズモア公爵家はジェニング侯爵家に対して慰謝料を支払う義務が生じることとなった。……お前とディンズモア公爵令息とで生涯しっかり働いて我が家に返せよ」
(…………え?)
「ち、ちょっと待ってくださいお父様…。それは無理ですわ。だって私は、ダリウスと結婚することはできませんもの」
「は?……お前は今さら何を言っているのだ!お前たちがあれほど強引に結婚すると言い張ったから今こんな事態になっているのだぞ!!」
「だ、だって……!ミリーはもうお役御免でしょう?王太子殿下の婚約者はどうなるのですか?!もう私以外に適任はいないではありませんか!王家からの婚約の打診はまだなの?!」
必死に言い募る私の顔を、父は化け物でも見るような驚愕の顔で、母は口をあんぐりと開けて真っ青な顔で見ている。
「……昔から……出来の悪い娘だとは薄々勘付いていたが……、……まさかここまで愚かであったとは……」
父はわなわなと震えたかと思うとがっくりと項垂れ、額に手を当て吐き捨てるように言った。
「……お前がエリオット殿下と婚約できるわけがなかろう。あのミリーの件の密告文書がお前の策略であることもとうにバレている。加えて元々王太子妃教育を受けるレベルの知力はない、おまけに余所様の婚約者を奪って裁判沙汰になり、しかもその裁判に負けて損害賠償を背負った身なのだぞ。どこから見てもお前が王太子妃に相応しいわけがなかろう!!」
「…………そ…………」
そんな…………。
わ、私は、エリオット殿下の妻になることはできないってこと……?
ショックで体中の力が抜けそうだ。期待していたのに。すでに私の頭の中ではここから始まる殿下との真のラブストーリーが毎日繰り広げられていた。紆余曲折を経て初恋の王子様と結ばれる自分の姿が……。
賠償金……慰謝料…………。
わ、私とダリウスとで支払っていくの……?嘘でしょう……?
そこで私はハッとした。
「じ、じゃあ、一体誰が選ばれるのですか?!誰がエリオット殿下の婚約者になるというの?!」
父は充血した目で私を憎々しげに睨みつけながら言った。
「次の婚約者はもう決まっておる。ジェニング侯爵令嬢だ。殿下自らがお選びになったそうだ」
「………………は…………はぁぁ?!」
ジェニング侯爵令嬢ですって……?!
何であの女が?!
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