第15話 夏の夜会で
暑い季節がやって来た。
日々は相変わらず私にとって辛く、だけどどうにかやり過ごしていた。
私にはたびたび縁談が舞い込んでいるようだったけれど、父も母も何も言ってこない。私の空元気が伝わっていて、気を遣ってくれているのかもしれない。
そんな中、王家主催の夜会が行われるとのことで、母が新しいドレスを作りましょうか、きっと気分転換にもなるわ、と私に言ってきた。
私は母の気遣いを無駄にしないためにも無理矢理笑顔を作り、ええ、と嬉しそうに返事をした。けれど……、
(……はぁ……気が重い……。ダリウス様とアレイナ様は、きっと一緒にいるはずだわ。それに、フィールズ公爵家やディンズモア公爵家の方々と顔を合わせるのも嫌……)
周りの目も気になってしまう。興味津々で見てくる人たちもたくさんいることだろう。……それとも……もうそろそろ私が婚約破棄された話題は社交界から消え去ったかしら。
そんなことを気にしたって仕方がないのに、いつまでもウジウジと思い悩みながら、夜会の当日を迎えたのだった。
(……王宮に来るのって久しぶり。いつ見ても素敵だわ…。なんてきらびやかなんだろう)
ネイビーカラーの生地の上から純白に金の刺繍がたくさん入ったチュールを重ねた華やかなドレスを身にまとった私は、王宮の大広間の中に足を踏み入れた。すでにたくさんの高位貴族の方々が来られていて、皆そこかしこで楽しげに談笑している。今日は親睦を深めるためのラフなパーティーで、王宮に招かれたにしては皆さほど緊張せずにくつろいだ様子だ。私も父と母の後ろを静かについていき、何人もの方々に挨拶をする。
(……よかった。誰も私の婚約破棄の話題には触れてこないわ。まぁ、こんなところでそんなことを不躾に言ってくる人は…………、……っ?!)
ふと目を上げると、少し離れたところにディンズモア公爵家、フィールズ公爵家の面々の姿があった。そしてそこにはダリウス様とアレイナ様も一緒に立っていた。アレイナ様はしっかりとダリウス様と腕を組んでいる。まるで片時もダリウス様を離さないとでも言わんばかりに。
私が見るより先にこちらを見ていたアレイナ様は、目が合うと不敵に微笑んだ。そしてツーンと顔を背け、ダリウス様にピタリと密着した。
「……っ、」
胸にナイフを刺されたよう。悲しくて、悔しい。どうしてこんなにもずっと苦しいままなのだろう。早く忘れてしまいたいのに、私はこうなった今でもやはりダリウス様のことを…………
「クラリッサ嬢!やぁ、こんばんは」
「……?……っ!!エ……」
ふいに声をかけられ顔を上げると、なんと目の前にエリオット王太子殿下が立っているではないか。どんよりと塞いだ気持ちが緊張のためか一瞬で吹き飛んでいった。
「ごっ、……ごきげんよう、エリオット殿下。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
私は内心とても慌てていたけれど、できる限りそれを表に出さずにゆっくりとカーテシーをした。
「うん。久しぶりの夜会だと母が張り切っていたよ。はは。……元気かい?ウォルターには毎日会っているけれど、君とこうして話をするのは…、ずいぶん久しぶりだ」
エリオット殿下はとても優しい眼差しで私を見つめている。だけどその微笑みはあまりにも美しく、その上殿下から放たれる王族のオーラに圧倒されてますます緊張してしまう。
「は、はい。元気にしております。毎日学園に、…楽しく通って、おります…」
……全然楽しくはないのだけれど、ここは身の上相談をする場所ではないし、そんなお相手ではない。
「…そう。それなら、よかった。…こんな話、どうかとは思うけれど……、ウォルターから聞いて、…その、…君のこと。…大変だったね」
「……あ、…い、いえ、…お気遣いいただきまして、恐縮ですわ…」
婚約破棄のことを言われているのだと気付き、申し訳ないやら恥ずかしいやら。エリオット殿下にまでこんな風に気を遣わせてしまうなんて。たしかに、侍女たちが頑張ってくれたから今日はかなりごまかせているとは思うけれど、それでもここ最近の私の窶れっぷりを完全に隠せるものではない。
「……あのね、クラリッサ嬢」
しどろもどろになっている私の前で、殿下はとても静かな声で話しかけてくる。
「今はまだ心の傷も癒えていないと思うよ。君は本当に…、昔から、彼にひたむきだったから。だけど、大丈夫。君ほどに魅力溢れる女性なら、絶対に素晴らしいご縁があるから。…僕にできることがあるなら、何でも協力するし」
(…………え?)
あまりにも親切すぎるお言葉に、私は思わずキョトンとしてしまう。
「あ、いや、……その……、君の相談に乗ったり、話し相手になるぐらいのことならできると思って…。ごめんね、余計なお世話だとは思うけれど…」
「い、いえ、そんな。……ありがとうございます、殿下」
(…優しい方なんだな)
幼い頃から何度か顔を合わせたことはあるけれど、こんな風にゆっくりと二人きりで言葉を交わすことなんてほとんどなかったように思う。
エリオット殿下の優しさに触れ、私の気持ちは少し救われたのだった。
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